








横山正ギター。
1975年にモーリス楽器製造株式会社に入社、塗装工程に配属。
1980年、約5年の一般工程を経て、現在の方向性を決定付ける手工班に配属。
ギター以外にもフラットマンドリンやバンジョー等、多種多様の手工品製作を行なう。
1984年、手工品製作の殆どを一人で担い、多くのプロミュージシャンの楽器を製作。
そのクオリティの高さで徐々に知名度が高まる。また、アコースティックギターの
みならず、エレキギターの製作にもその才能を発揮し、エレキギターブラン
ドAIR CRAFTを手掛け、多くのアーティストが横山製のギターを使用している。
2005年、約29年勤務したモーリス楽器製造株式会社を退社。
長野県松本市波田にワンダートーンを設立。ギターを作り始める。
2006年、自身の足跡を残す為、ギター製作工房を設置。横山ブランドのギター製作を開始する。
2010年、オリジナルエレキギターの製作を開始。
2012.01.29 / Top↑
ジェーン・バーキン(Jane Birkin OBE、本名:Jane Mallory Birkin OBE、
1946年生まれの66歳 )は、女優・歌手。イギリス・ロンドン生まれ。母親は女優。
兄のアンドリュー・バーキンは映像作家。
1963年17歳でグレアム・グリーンの戯曲『彫像』に出演。1964年ミュージカル「パッ
ション・フラワー・ホテル」に出演、同年18歳で映画「ナック」のオーディションに採用され、
翌1965年「ナック」がカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞。ジョン・バリーと結婚しケイト・
バリー(写真家)を産み、後に離婚。1967年「欲望」がカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞、
全裸で出演する。
1968年フランスに渡り、フランス映画「スローガン」の主役セルジュ・ゲンスブールと結婚
(ゲンスブールは3度目の結婚)。1968年、映画「太陽は知っている」にペネロープ役で出演。
1969年ゲンズブールとのデュエットシングル「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を発表する。
1977年にゲンスブールの酒乱・DV等を理由に離婚するが後に和解、1991年ゲンスブール
の病没まで仕事で共演するほか、私生活でも交流する。2人の娘シャルロット・ゲンスブール
も女優となる。
2011年日本の東日本大震災の発生を受けて、ジェーンは4月6日という早い段階で来日・
震災支援のチャリティーコンサートを行う。『ジェーン・バーキン震災復興支援コンサート
Together for Japan』と銘うたれ、多数の日本の芸能人・アーティストとともに詩の
朗読や代表曲『無造作紳士』などの披露を行った。また、日本に対して暖かい慰問と激励の
言葉を伝えた。コンサートの模様はUstreamでも生配信され、多数の視聴が行われた。
2012.01.28 / Top↑

















財津 和夫(1948年生まれの64歳)は、福岡県出身の日本のポップスシンガー、
作曲家、俳優。ポップスグループ「チューリップ」のリーダー。2004年から大阪芸術
大学芸術学部音楽学科教授。
1970年代からに活躍しているニューミュージック系ポップスグループ「チューリップ」
の中心的人物。チューリップのほとんどの楽曲の作詞、作曲を手がけている。
1989年のチューリップの一時解散以降はソロ音楽活動を中心に活躍。1997年の
チューリップ再結成後は、2〜3年に1回の頻度でツアー活動を軸にチューリップとし
ての活動も展開中。
2012.01.27 / Top↑



















ハワイ大神宮(Daijingu temple of Hawaii)は、アメリカ合衆国
ハワイ州オアフ島に鎮座する神社。
明治36年(1903年)、高知の移民千屋松恵がホノルルのアアラ・レーンに創祀。
明治40年(1907年)、日本から川崎正郷師を宮司として迎える。
昭和21年(1946年)生熊記内・田原亀雄がアメリカ本土抑留から帰還し、
布哇大神宮神教院として再出発。
昭和22年(1947年)ヤング街の新社殿に移転し、遷座祭を斎行。
昭和26年(1951)、注連柱・常夜燈を復旧。
昭和29年(1954年)、サンフランシスコ講和条約締結により、ホノルル
敵国人財産管理局よりハワイ大神宮とウヒアワ分院の土地建物代金が返還される。
昭和32年(1957年)新境内地を購入し、翌年9月新社殿完成。
2012.01.26 / Top↑






























由紀 さおり(本名: 安田 章子、1948年生まれの63歳)は、群馬県出身の歌手
及びタレント・女優・ナレーター。洗足学園短期大学 英文科 卒業。姉は歌手の
安田祥子。姉とシンガー・ソングを組んでいる。
群馬県桐生市に生まれ、3歳時に横浜市へ移る。少女時代から姉の安田祥子と共に、
本名の「安田章子」名義で童謡歌手として活躍。1965年にキングレコードから「ヒッチ
ハイク娘」で歌手デビューを果たすも、ヒットに恵まれず停滞の時代に入り、童謡歌手
時代から行っていたCM曲やテレビ・ラジオ主題歌の吹き込みや、「大人の世界を歌
えるように」という修行の意味合いもあったキャバレー・ナイトクラブへの出演を行いな
がら過ごす。
1969年、再起をかけた「夜明けのスキャット」(TBSラジオの深夜ラジオ番組「夜のバ
ラード」のOPとして制作。これがヒットにつながる。
ピンク・マルティーニとのコラボレーション『1969』が海外で高く評価された。2011年に
世界20ヵ国以上でCD発売・デジタル配信され、2011年11月2日付のiTunesジャズ
・チャート及びカナダiTunesチャート・ワールドミュージックで1位、ギリシャのIFPI
総合アルバム・チャートで6位、シンガポールのHMVインターナショナル・チャートでは
18位を獲得した。
2012.01.25 / Top↑













「マカナ」(32歳)はハワイのシンガーソング・ライターとして、スラック・キー・ギター
の若き名手であり、透明感のある声、そのルックス、ギター・テクニックで、ハワイの
若手男性ミュージシャンの中で際立ったその存在感を放っている。
サニー・チリングワースを恩師として敬い、ハワイの伝統音楽を継承するように
言われ、その為彼の影響が出ているのが特徴だ。
彼のトレーニングは実にユニークだ。早朝から山に登り、日の出に合わせて
太陽に向かってパワーを貰うのが日課となっている。そして発声練習も忘れない。
そして毎日のように仲間ともセッションに余念がない。
2012.01.24 / Top↑
ブラジルサンパウロ育ち、高校までブラジルのアメリカンスクールで過ごし、
大学進学の為、日本に渡ってきたフーリア。
早稲田大学大学院理工学研究科修了後、オリエンタルダンサーとしてプロの
道を歩んだ。
フーリアが、オリエンタルダンスの虜になったきっかけは、アメリカ人ベリー
ダンサーMishaalとの出会いだった。友人の誘いで何気なく始めたオリエンタル
ダンスだったが、初めてMishaalがステージで踊る姿を見た時、Mishaalの
表現力に「かっこいいな。私もあんな風に踊ってみたい。」と感銘を受け、
プロへの道を歩むことを決意した。
ブラジル育ち、アメリカンスクールと日本の大学で学生生活を過ごしたフーリア
のバックグランドは国際的である。
大学院卒業と同時に、企業に務めるという道もあったはずだが、フーリアは、
自らのバックグラウンドから、外国と日本を繋ぐ架け橋になりたいと思ったそうだ。
世界を舞台に活躍するブラジルのオリエンタルダンサー ルル サボンギと日本を
繋ぐ架け橋となったフーリア。そして、今後も日本を拠点にオリエンタルダンスを
通してアラブの心を表現し伝えてゆく決意だ。
3年前にレバノンで行われたベリーダンス国際大会で2位に入る。この時1位も
日本人でワン・ツーと日本人が占めた。
フラダンスの次はベリーダンスブーム到来か?
2012.01.23 / Top↑






ワイキキビーチのダイアモンドヘッドサイドに広がるクヒオビーチの片隅、
ワイキキ交番のすぐ隣りに置かれている数個の石、それが「魔法の石」。
ハワイの伝説によると、これらの石には16世紀にタヒチから来たカパエマフ 、
カハロア 、カプニそして、キノヒら4人のカフナによって、癒しのパワーが
吹き込まれていると言う。4人のカフナたちの外見は、背が高く男らしい体格
であったようだが、立ち居振る舞いはとても女性的であったと言われている。
彼らはオアフ島の人々にヒーリング(癒しの)技術を教え、島を離れる際、
これらの石に1ケ月以上もかけて治癒力と癒しのパワーを吹き込んでいったのだ。
Lani Creates, All right reserved.(魔法の石)
「魔法の石」は、もともとワイキキの山側3キロ以上離れたカイムキ地区の
ワイアラエ通りにあった。伝説によれば、人々は台車や動物を使わず、
人力だけでワイキキまでの距離をたった一夜にして運んだと言われている。
かつて湿地帯だったワイキキに、8トンもあると言うこれらの石をどのようにして
運んだかは未だ謎だ・・・。
石に直接手を触れることは出来ないが、天に向かって両手を掲げ「アロハ」を
3回叫ぶと願い事が叶うとも言われている。
2012.01.22 / Top↑













寺井 尚子(1967年生まれの46歳 )は日本のジャズ・ヴァイオリニスト。
神奈川県藤沢市出身。1988年プロ・デビュー。1995年に来日中のケニー・バロン
と共演し、その縁で彼のアルバム録音に招かれニューヨークへ。1998年に初の
リーダー・アルバム(Thinking of You)を発表。
もともとはクラシックを専攻していたが、腱鞘(けんしょう)炎にかかり練習中断を
余儀なくされた時にビル・エヴァンスに触発されジャズに目覚める。
ジャズバイオリンの世界ではステファン・グラッペリ、レイ・ナンスなど、スウィンギー、
かつグリッサンドを生かした演奏が多い中で、寺井はバップの基本スタイルを徹底
的にマスターしたと思われるアドリブを展開しジャズ・バイオリン奏法に新しい解釈
を与えた。
2012.01.21 / Top↑





























佐野 元春 (1956年生まれの56歳 )は、日本のロックミュージシャン・ギタリスト・
作詞家・作曲家・音楽プロデューサー・ラジオDJ・詩人。
1980年、シングル『アンジェリーナ』で歌手デビュー。詩人としてのメッセージを内包
した歌詞、多様なリズムとアレンジ、ラップやスポークン・ワードなどの新しい手法を
実践し、さまざまなジャンルの音楽を折衷させた曲を数多く発表して作品の商業的
ヒットに関係なく高い評価を得ている。現在は独立系レーベル「デイジーミュージック」
を主催し、インターネットを通じた音楽活動などでも先駆的な試みを続けている。
今年でデビュー30周年、精力的に活動している。
2012.01.20 / Top↑



