近代サーファーの父・・・デューク・カハナモク
2009.01.05 *Mon


ハワイのワイキキビーチに建つ英雄の銅像がある。
デューク・カハナモク(Duke Paoa Kahinu Mokoe Hulikohola Kahanamoku,
1890年 - 1968年)はハワイ出身のサーファー、水泳選手である。
伝説のサーファー、デューク・カハナモクの像。ワイキキビーチをバックにサーフボード
を背にして立っている。高さ約5m。
デューク・カハナモクはサーフィンの名手として知られ、ハワイでの初めての
オリンピック選手として1912年のストックホルム五輪水泳に出場、100m自由形で見事
金メダルを獲得した。その後も度々オリンピックに出場し、好記録を出すだけでなく
「アロハの大使」として親善的な役割に貢献した。
カハナモク像は彼の生誕100年を記念して建てられたもの。
競泳
金 1912 男子100m自由形
金 1920 男子100m自由形
金 1920 男子800mフリーリレー
銀 1912 男子800mフリーリレー
銀 1924 男子100m自由形
ウェスタン・カーニバル同窓会・・・皆んな元気です。
2009.01.04 *Sun

















新宿コマ劇場が老朽化の為、昨年末で取り壊されることが決まった。
当初北島三郎座長公演が行われていたが、予備日を貰っての開催となったのだ。
平尾昌晃が中心となり往年のロカビリー歌手が勢ぞろい。
さすがプロ、歌声はいささかの衰えもない。一番感心したのは「メタボ」が誰もいない
と言うことであった。彼等は日ごろ気をつけているのだろうと思う。
さて写真上からご紹介しましょう。
・新宿コマ劇場
・ステージにテープが乱れ飛びました。
・平尾昌晃(デビークロケットの唄)
・山下敬二郎(ダイアナ)
・ミッキー・カーチス(テネシーワルツ)
・ささきいさお(君は我が運命)
・田代みどり(パイナップル・プリンセス)
・鈴木ヤスシ(ジェニジェニ)
・森山加代子(月影のナポリ)
・佐川満男(オーキャロル)
・尾藤イサオ(ピーパッパルーラ)
・九重佑三子(シェリー)
・佐野修(ミスターベースマン)
・田辺靖雄(恋の日記)
・弘田三枝子(子供じゃないの)
・寺内タケシ&ブルージーンズ(慕情)
・飯田久彦(ルイジアナ・ママ)
アロハチャンネル・・・アロハシャツ様変わり
2009.01.03 *Sat



アロハシャツはもともと日本の着物がルーツとされている。
明治時代にハワイに移民として渡った日本人がその暑さの為に着物を
半袖にして着ていたのがハワイ人の目にとまったのだ。
それ以後はアメリカのリゾート地として開発されるに至り現代のものに
改良されていったとされる。
今でも「MUSASHIYA]のブランドで制作されていて日系人が経営している。
当初は色あざかで目立つものが主流であったが、最近はエコがテーマ
になっている。
例えば木や花や葉からとった天然素材を使い色を染めている。
デザインも鳥や花など自然のものが多い。
しかも生地はわざと裏と表を逆にして色を抑えているものもある。
ここReyns(レインズ)では自然ににこだわり、フットボールなどの
ロゴやマークなどオーダーメイドが主流である。
また子供用の品揃えも豊富でどんな要望にでも応えてくれると言う。
名店ジャズ紀行・・・コルトレーン・コルトレーン
2009.01.02 *Fri






佐賀県鳥栖市に40年間続いているジャズ喫茶「コルトレーン・コルトレーン」
がある。オーナーの宮前明さんは高校時代に吹奏楽でサックスを吹いていた。
その後ジャズに目覚め地道に活動を続けてきた。
もともと稼業は塩屋で細々続けてきたが社会情勢の変化を感じ、その店を
ジャズ喫茶に改装してしまったのだ。
定期的にライブなどをやってはいるが、経営的にはイマイチであると言う。
しかし好きだからとそれを通してきた。
コルトレーンにこだわったのはジャズプレイヤーのほとんどが彼を崇拝している。
このコルトレーンと言う名前はあちこちあるが、彼はあえて2つつけたと言う。
ジョン・コルトレーン(John Coltrane、1926年9月 - 1967年)は、
アメリカノースカロライナ州生まれのモダンジャズのサックス奏者。
テナーサックスをメインとするが、活動の最初期はアルトサックス、
1960年代よりソプラノサックス、最晩年にはフルートの演奏も残した。
活動時期は、1950年代のハード・バップの黄金時代から1960年代の
モード・ジャズの時代、さらにフリー・ジャズの時代と、それぞれの時代に
大きな足跡「ジャイアントステップ」を残した。しかし残念ながら肝臓ガンの為
40歳の若さで生涯を閉じている。
チャーリー・パーカー(アルトサックス)亡き後、ソニー・ロリンズ(テナーサックス)
と並ぶジャズ・サックスの重要人物。モダンジャズのテナーサックス演奏では、
コルトレーンの影響下に無いものがいないという状況が長く続いた。
ピアニストのアリス・コルトレーンを妻に、サックス奏者のラヴィ・コルトレーンを次男に、
サックス・クラリネット奏者のオラン・コルトレーンを三男に持つ。
あけましておめでとうございます。
2009.01.01 *Thu

新年あけましておめでとうございます。
どこからか古式ゆかしき雅楽の音が流れてまた新たな年が訪れました。
どうぞお健やかな日々をお過ごしください。
今年は丑年。「牛に引かれて善光寺詣り」なる有名な言葉があります。
今年は7年に一度の「御開帳」と諏訪の奇祭「御柱」なる行事もあり
忙しい年になりそうです。
バンドの方は今年の目標は「音(ハーモニー)」にしました。
今までなんとなく奏でていましたが、こだわりをもって望みたいと思って
おります。
新春早々ステージの仕事が入りました。
2月7日(土)山ノ内温泉の安楽荘で行う新年会です。
バンド仲間のモアナ・ヨシエちゃんの親族が主催するものです。
総勢50名位になるとのことです。
食事、ご祝儀、お風呂(混浴不可)の豪華3点セットです。
従って新春音出しは早めとなります。
本年もぞうぞよろしくお願い致します。
今年一年お世話になりました。
2008.12.31 *Wed

早いもので今日は大晦日である。
今年もいろいろなことがありましたが、何んとか無事過ごすことが
出来ました。これも皆様のご協力のたまものと感謝しております。
ブログについてはこれも当初の目標を達成しました。そのポリシーとは
・毎日最低一回更新する。
・必ず画像を最低一枚入れる。
・ジャンルは問わずどんなことでも取り上げる。
この3つをあげました。
その為毎日がネタ探しで見る目も違ってきました。
他のブログと一味違うものにしようと考えました。
携帯と一緒にデジカメも必需品となりました。
画像があれば目でもブログを楽しめるからです。
今後も当ブログをご愛読下さいますようお願い申し上げます。
バンドの方もサックスとギターがメンバーとして入り層が厚くなりました。
ハワイアンにサックスもなかなかいいものです。
最大限サックスの良さを引き出したいと思っております。
ヴォーカルは女性3人いますが男性のソロがいない為、来年は何んとか
加えたいと思っています。
フラ関係では清水真輝子さんが入られて活気づきました。
特にプイリ、ウリウリなどを使ったフラも出来るようになりました。
来年も一層の活動が期待出来そうです。
それでは皆様良いお年をお迎え下さい。
日野てる子・・・想い出の紅白歌合戦ステージ
2008.12.30 *Tue






本年9月9日に63歳の若さで天国へ旅立った日野てる子さん。
珍しいNHK紅白出場のステージが出てきた。
1965年から3回出場している。ウクレレ持って両サイドを固めているのは
左側が水前寺清子、右側が三沢あけみである。
曲はもちろん「夏の日の想い出」である。
この写真は第16回(昭和40年)で彼女が20代前半のもの、若くて美人だ。
日野 てる子(本名:一ノ瀬 輝子 - いちのせ てるこ、1945年生まれ)は、
日本の女性歌手。愛媛県松山市出身。
1962年、全日本ハワイアンコンテスト優勝をきっかけに1963年に上京。
バッキー白片らに師事する。
1964年、ハワイアン歌手として日本グラモフォンよりデビュー。
代表曲は1965年に発表した「夏の日の想い出」。ハワイアンとは全く違う、
スローテンポで哀愁のこもった曲であったが、ミリオンセラーとなった。
ちなみにこの曲はもともとは「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のB面だった。
サザンオールスターズの原由子がアルバム『東京タムレ』でカバーしている。
歌うときは長いストレートの黒髪にハイビスカスの花を1輪飾っており、
その姿が彼女のトレードマークのようになった。
2008年第50回日本レコード大賞で特別功労賞が贈られた。
長い間ハワイアンを歌ってくれてありがとう。
アロハチャンネル・・・パドルボード
2008.12.29 *Mon
ミュージック・ベル・・・フランジア
2008.12.28 *Sun





ミュージック・ベルは作曲家鈴木邦彦氏が考案した楽器。
平成3年には文部科学省の小学校授業指定教材にも選ばれた。
これを演奏する「フランジア」。
Flangiaはイタリア語で「ベル」と言う意味。
ミュージック・ベルを中心に打楽器で編成された5人の女性ユニット。
ベルは冬になると馴染み深い楽器にもかかわらず、実際に触れた
ことのある人はまだまだ少ない楽器のひとつだ。
従来のハンドベルとは違い、小型のミュージックベルを一人27個使用して演奏。
1曲をメンバー2人でベル演奏する様は、聴くだけでは想像もつかない圧巻の
超絶技巧。
そしてメロディを支えるほんわり暖かい打楽器の数々。
全く新しい編成で音楽を奏でる世界的にも希少なアーティスト。
ミスター栄養失調・・・山下敬二郎
2008.12.27 *Sat



山下敬二郎、来年で70歳を迎える。益々元気に「ダイアナ」を歌っている。
食欲はあるのだが、太らない体質らしい。その為平尾昌晃ら仲間から
「ミスター栄養失調」と呼ばれている。
山下 敬二郎(やました けいじろう、1939年生まれ )は、東京都出身の
ロカビリー歌手。父は落語家・喜劇俳優の柳家金語楼、
兄は作家・演出家の山下武。
ウィリー沖山の弟子を経て、初期ドリフターズ(サンズ・オブ・ドリフターズ)で
メインボーカルを務める。創立間もない渡辺プロダクションの専属になり、
1958年に開かれた第1回日劇ウエスタン・カーニバルで大々的に売り出される。
持ち歌はポール・アンカの「ダイアナ」の日本語カヴァーで、平尾昌晃、
ミッキー・カーチスと共に「ロカビリー三人男」と呼ばれ、一世を風靡した。
現在は、妻の山下直子(1991年、26歳の年齢差で結婚)とのステージを中心に、
セルフ・プロデュースでカントリー・ウエスタンのCDを発表するなど活動中。







