Royal Hawaii

ALOHA! ハワイアンバンドでスチールギターをやっています。 ハワイアンファンの皆様、全員集合。

オヒア-1
オヒア-2

 ハワイアンなら誰でも知っている「オヒア・レフアの花」こんな伝説が
ありました。
オヒア・レフア('Ohi'a Lehua) は、ハワイ固有のフトモモ科オガサワラフトモモ属の
常緑性中高木(灌木)です。花のように見えるものは、雄シベが集まって房状と
なったもの。オヒア・レファのオヒア('Ohi'a )とは、ハワイフトモモの木をさし、
レファ(Lehua)は花のこと。赤いオヒア・レファはハワイ島のレイの花となっているが、
花色は、代表的な赤の他、黄、白、桃、橙、薄黄緑がある。
 オヒア・レフアの花は、ハワイ神話の女神ペレが住むハワイ島の島花である。
ペレは、オヒアという男性に恋をするが、彼にはレフアという恋人がいて、怒ったペレは、
ふたりを植物に変えてしまったと言うのです。
幹の部分がオヒア、赤い花がレフアだそうである。
この伝説はハワイに住む人なら誰もが知っている話。今でもハワイアンは、
むやみにレフアの花を手折るな、と子供たちに教えると言う。
「むやみにレフアを摘むと、オヒアと離ればなれになった彼女が泣いて、雨になる」
と信じられているからです。
尚、このレフアの花のデザインのバウスカートで踊るとフラがうまくなると言われている。
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テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
ティンプル-1
ティンプル-2

 スペインのカナリア諸島に独特の楽器がある。それがティンプル・カナリオだ。
ティンプレ カナリオはウクレレによく似た楽器で、大きさはウクレレのアルトと同様で、
通常、合奏のリズム楽器として使われれる。
大きな違いはウクレレの4弦に対してこれは5弦だ。調弦も少し似ていてウクレレが
1弦からA・E・C・Gで3弦のCが低いが、
ティンプレでは1弦からD・A・E・C・Gと成り3弦目と言うのは共通であるがEが
低くなっている。
これはウクレレ同様、違うチューニングも存在するから、これが全てではないと思う。
弦はナイロン弦を使っている。バックはボリュームのあるアーチがついる。
ボディーを押さえつけない様に軽く持ってコードをポロポロンと奏でると言う。
なかにはコンサート用のソロ楽器もあり、ボディーの大きさもギタレレ程の大きさがある。
弦はサヴァレスから専用の弦が出ている。日本国内では見つからないと思う。
因みに、スケールは約35cmとウクレレのアルトと同様あると言う。
テーマ:楽器 - ジャンル:音楽
ジ-1
ジ-2
ジ-3
 
 今日のロコガールはジェシカ・マディングリー21歳だ。
動物病院勤務である。趣味はカヤックとサーフィンだ。
ここハワイではカヤックのレンタルショップがここ数年増えて来ていると言う。
サーフィンに飽きた若者が流れてきているのだ。
レンタルでは簡単なカウンセーリングを受けてビーチへと繰り出す。
そんなに難しいことではないと言う。
しからばカヤックとは何か?

カヤックは、足を前方に投げだすようにして座りダブルブレードパドルで漕ぐ
クローズドデッキのカヌーである。アリュート・イヌイットが海で使用していた
ものから発展してきた。グリーンランド圏では「カヤック」、アリューシャン
列島圏では「ィ・キャック」等と呼ばれていたようだ。どちらも、波をかぶっても
船内に浸水しないように、狭いコクピットに座って下半身を船内に潜り込ませ、
スプレースカートやスプレーデッキと呼ばれるもので腰回りと船体の隙間を塞いだり、
搭乗者の着るアノラックの裾を船体に固定するなどして、水の浸入を防いでいた。
現代カヤックは、構造によって、リジッドタイプカヤックと分解できるフォールディング
タイプカヤック(ファルトボート)に分かれる。 リジットタイプにはFRP・PE等色々な
素材が使われている。また用途によって、リバーカヤック、シーカヤックといった
分類が用いられることもある。
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アボ-1
アボ-2
アボ-3
アボ-4
アボ-5
 
 オーストラリアの町にもストリートミュージシャンが多く演奏している。
その中でもアボリジニの民族楽器「ディジュ・リドウ」なる楽器がある。
価格で100ドルから300ドルまで各種類がある。
日本の尺八のおばけと思えばいい。
ディジュリドゥ(Didgeridoo, Didjeridu)とは、オーストラリア大陸の先住民
アボリジニの木管楽器のこと。
シロアリに食われて筒状になったユーカリの木から作られる。複雑多岐に
渡る演奏方法・使用目的がある。その名を出したり、楽器を見ることさえ
禁じられている、特殊な儀礼に使われる特殊なディジュリドゥもある。
原材料のユーカリには数百種があり、その中でもシロアリが好んで食べる
ものは特定の数種に限られる。通常は自然の状態でシロアリに食べられた
ユーカリから作られる。アリの巣そのものにユーカリの木を刺し込んだり、
少し穴の開いた木にシロアリを入れて口を塞いで強制的に食べさせるといった
製法も存在している。
太さ、管の内径、長さなどは不定で、部族やクラン(言語グループ)によってその
形状と音色は異なっている。長さは80cmから2mを超えるものまで幅広い。
表面はウレタン樹脂などでコーティングしただけの木肌ままのものや、
塗装が施されているものもある。吹き口は幹の細い方を蜜蝋で加工して作る。
音を出す方法は、管の一端に口を当てて唇の振動などを利用するもので、
金管楽器のトロンボーン、チューバ等にも似るが、その複雑な演奏方法は
他に類を見ない。通常、循環呼吸が使われる。
現在では原材料も多種多様となり、竹、チーク、リュウゼツラン、PVC、FRP
といったものも販売されている。
また、アボリジニの間ではディジュリドゥは男性の楽器とされ、女性が演奏する
ことはほとんどない。女性は触れてもいけないとする部族もある。

実際にボクも鳴らしてみたがブーと言う音を出すのが精いっぱいであった。
それほど難しい楽器なのだ。しかしコアラだけはうっとり聞き惚れていました。(?)
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アロハシャツ
カンガルー-1
カンガルー-2
オージービーフ
シーフード-2

 オーストラリアには「ワーキング・ビザ」と言う制度があって外国人が働ける
ようになっている。
従ってレストランやショップで日本人がかなり働いている。この点言葉には
全く困らない。
当初からの目的であったアロハシャツもゲット出来た。デザインはともかく
同じものをサイズごとに探すわけだから、なかなか見つからなかったが
幸いにもある店で7枚購入することが出来た。
当初の値段は多少高めであったが円高とお決まり通りのディスカウント交渉
でまあまあの値段でゲット出来た。これも相手が日本人だから良かったかも
知れない。今年のシーズンはこのアロハシャツで頑張ろうと思う。
次にカンガルーのチンである。正式名称は「マルチ・ポシェット」。
これは小銭入れなど何んでも使える魔法のきんちゃくだと言う。
使っているうちに肌ざわりもよくなり、運も開けると言う。
はてさて開運となるか今後が楽しみでもある。
値段は10ドル前後だから1000円程度のものだ。

オーストラリアの先住民であるアボリジニの言葉がかなりある。
カンガルー(何も知らない)
コアラ(水は飲まない)
などである。

オージービーフもシーフードもおいしく戴きました。
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オ-1
オ-2
オ-3
オ-4
オ-5

 オーストラリア6日間の旅を終えて昨日帰国しました。
天気も良く食べ物もおいしく、4つの世界遺産も見てきました。
この旅行は全食事、飲み物(アルコール含む)付で、お金はお土産以外は
余り必要としませんでした。しかも旅行費用も後日口座から自動引き落とし
と言うさすがJAのやることは違います。
オイルサーチャージの値下げ、円高と追い風となりました。

オーストラリア(オージー)の人口は2100万人、羊の数が1億7000万頭と
人間より多くいる。
ゲイ(同性愛者)が50万人とアメリカに次いで2位となっている。
最初の世界遺産はグリーン島から見るグレートバリア・リーフのすばらしい
海岸と海である。
2つ目はキュランダ村で高原列車で渓谷を見て回ると言うもの。
3つ目はオペラハウスでこれは実際に見るとすばらしいものです。
4つ目はブルーマウンティンと言う自然をトロッコなどで散策します。

いずれにしてもリフレッシュ休暇となりました。
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カンガルー

 明日20日(火)から25日(日)までオーストラリアへ行ってまいります。
その為ブログはお休み致します。帰国次第再開いたします。
今回はJA(農協)の主催で約60名で行きます。行程としては・・・

地元バス・・・成田・・・ケアンズ・・・グリーン島・・・キュランダ・・・シドニー
(オペラハウスなど)・・・ブルーマウンテン・・・成田・・・地元バス。

向こうは初夏の陽気で日本とは逆らしい。従って水着も持参します。
カンガルーの小銭入れを買う予定です。とにかくオス1頭から1個しか
取れないと言う貴重なものです。持っていると金運が良くなるとも
言われています。はてさてどうなりますか。
またバンド用のアロハシャツも7枚買う予定です。
同じデザインの物があるかどうか。
円高で多少安いのではと思っています。
オーストラリアは持ち込み制限が厳しく、お菓子、梅干し、ラーメンなど
持ち込み禁止です。
それではよろしくお願いします。
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フランク-1
フランク-2
フランク-3
キャシー

 今年も例年通り「KA HULA(カ・フラ)2009」が行われる。
6月から東京、大阪、札幌など主要都市で開催される。
ここで主役となるのはクムフラの「フランク・ヒューエット」である。
ハワイアンネームはKawaikapuokalani K. Hewettである。
フランク・ヒューエットは現在のフラ界で最も多才であり、 最も有名な人物であるのだ。
クムフラであり、 アーティストでもある。 彼のフラは優しくて穏やかな踊りが特徴。
彼の作った有名な曲「カ・ワイ・レフア・アアラ・カ・ホヌア」はもちろん踊る。
クムフラは曲も作れなければ駄目、と言うのが彼の持論だ。
日本では、フランク・ヒューエットという名前ですっかり有名にとなっているクム・フラ
としての名前が一番知られているが、カフナとしてヒーリングの分野でも活動したり、
ハワイの経済的な分野でもアドバイサーなどを務め幅広く多忙に活躍している。

尚、このカ・フラには他に
 ウルヴェビ・グェレロ
 ライアティア・ヘルム
 ケーレイオ
 リム・ファミリー
 プウカプ
 ラウラ
 キャシー中島
 地元フラグループ
などが出演すると言う。
入場料は税込8000円で全席指定。

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ヒロ-1
ヒロ-2
ヒロ-3
ヒロ-4
ヒロ-5
ヒロ-6
ヒロ-7

 ハワイ島はヒロ市に住むマスタークムフラのアンクル・ジョージ
(ジョージ・ナオペの愛称)には弟子が数多くいる。
アンクルは1928年生まれの81歳、ますます元気でフラを指導している。
得意のファルセット(裏声)も今でもきれいに出る。大の日本びいきだ。
彼は3つの言葉を常に提唱している。
 ・マ ナ(精霊)
 ・ハウオリ(幸福)
 ・マウロア(永遠)
そしてさらにフラを裸足で踊るのは大地からパワーを貰う為としている。

弟子達の多くはそれぞれ特徴あるハラウ(フラ教室)を開いている。
このうち3つを紹介しょう。

 ・Halau Hula O Kahikilaulani
(ハラウ・ケ・キアイ・ア・オ・フラ・・・天国からの使者)
 ここはステップ中心のフラを指導、曲もそれにふさわしいものを取り入れている。

 ・Ka Liko O Pakahi Halau
(カ・リコ・オ・パラハイ・ハラウ・・・シダの葉の夢吹きハラウ)
 ここはバランス重視のフラを指導、常に頭の上に本を載せバランスを取っている。

 ・Halau Hula Na Pua Ui O Hawaii
(ハラウ・フラ・ナ・プア・ウィ・ハエアウ・・・ハワイの美しい花ハラウ)
 ここはケーキ(子供)中心のフラでにぎわっている。
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ライアティア-1
ライア-2
ライア-3
ライア-4

 ハワイ(モロカイ)の歌姫と言えばRaiatea Helm(ライアティア・ヘルム)
をあげることが出来る。
昨年のナ・ホク・ハノハノ賞の4部門を取ったことでも知られている。
2004年に日本にも来日を果たし、その天使のような歌声で人々を魅了し、
彼女はハワイアン・ミュージック界の大御所George Helmの姪っ子にあたる。
まさにハワイアン音楽のルーツ、血をひいたサラブレットとも言えるでしょう。
ライアティアとはハワイの島の名前であると言う。(どの辺りにあるのでしょうかネ)
代表曲には
 ☆Where I Belong
 ☆Maile Swing
 ☆Poi Awaawa
などがあげられる。

まもなく行われるオバマ大統領の就任式に彼女が歌うと言うから驚きだ。
と言うのもオバマ大統領のふるさとはハワイだからだ。
今から楽しみでもある。
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アロ-1
アロ-2
アロ-3
アロ-4
 
 ハワイを代表する曲と言えば「アロハ・オエ」である。
ハワイ王朝第8代リリウオカラニ女王が作ったとされる。
しかしこの曲には諸説あってどのような状況で作られたのか大きな謎が
いくつかある。
別れの曲には違いないと思うが、マスタークムフラの「ジョージ・ナオペ」
は「愛情表現の歌」としている。
この中で比較的正しいとされる逸話がある。

 暦史家のラヒラヒ・ウェッブ(Lahilahi Webb)氏によれば、1878年頃に
リリウオカラニはお供を引き連れてオアフ島のマウナウィリ(Maunawili)の
牧場を訪れていたという。
そこは宮廷の執事ボイド大佐(Colonel James Boyd)の実家だった。
ボイド大佐は、生まれ故郷のマウナウィリで懐かしい友人・知人との再会
を果たすことができた。
 楽しいひと時も束の間、やがてホノルルへ帰る時がやって来た。
馬を走らせ始めたリリウオカラニは、カネオヘ湾(Kāne'ohe Bay)の美しい
風景をもう一度眺めておこうと後ろを振り返った。その時、彼女の目に
映ったものは、別れを惜しむボイド大佐とマウナウィリの可愛い少女との
何とも切ない別れの抱擁だった。
 ヌアヌ・パリの風の強い急な山道を登りながら、リリウオカラニは先程の
切ない別れの様子を思い巡らせた。強いインスピレーションを受けた彼女は、
馬上でメロディーを何度も口ずさみながら、思い浮かんだ歌詞を一つ一つ
メロディーに当てはめていった。山を下る頃には、すべての歌はを完成して
いたという。
 「さようなら貴方 さようなら貴方 別れの前に優しい抱擁を また会えるその時まで」
そして次のような詩が出来上がったのだ。

       ALOHA OE
 
  雨が誇らしげに尾根を横切り
 森の中を通り抜けていく
 未だ開かぬ蕾を探しているかのように
 山あいに咲くレフアの花よ

 あなたにアロハ あなたにアロハ
 暗い場所に佇む心優しき去っていく前に
 もう一度あなたを抱きしめよう
 また会えるその時まで

 懐かしく暖かい思い出が胸をよぎる
 ついこの間のことのように
 愛する人よ 我が愛しき人よ
 真心は決して引き裂くことはできない

 私はあなたの素晴らしさをよく知っている
 マウナヴィリに静かに咲くバラの花
 そこにいる啼かない鳥たち
 そして暗い場所にいる美しい人

 あなたにアロハ あなたにアロハ
 暗い場所に佇む心優しき人
 去っていく前に
 もう一度あなたを抱きしめよう
 また会えるその時まで

現在ワシントンプレイスにあるミュージアムには彼女が愛用した
ハワイコア100%で作ったグランドピアノがさん然と輝いている。
テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
ポ-1
ポ-2
ポ-3
ポ-4
ポ-5

 HAWAII PONOI(HAWAIIAN NATIONAL ANTHEM)はカラカウア王と
ロイヤル・ハワイアンバンドの指揮者ヘンリー・バーガーが1890年に
作った、王朝時代のハワイ国歌である。
1890年以前はリリウオカラニ王女の作った「メレ・ラーフイ・ハワイ」
が国歌となっていた。
現在はハワイ州歌となっていて、何かあると演奏すると言う。
ポノイとはハワイ語で「一緒に立ち上がろう」と言う意味であると言う。
今ここに譜面があるが4分の3のスローなワルツのリズムである。
コードはFのメジャーだ。
一時演奏しょうと取り組んだことがあるが、とても我々三流バンドで
演奏するレベルではないことがわかり今後も演奏しないことにした。
やはり本場ハワイのロイヤル・ハワイアンバンドが厳粛のうちに演奏
するのが一番だ。
このロイヤル・ハワイアンバンドは1836年にカメハメハ3世によって
創設され王朝専用の楽団であったのだ。
現在は日系人の「マイケル・ナカソネ」氏が第21代バンドマスターに
就任している。
その歌の内容は次の通りである。

     ハワイ・ポノイ

 誇り高き ハワイの民よ
 王を崇め 讃えよ
 この国を治める 君主である王を
 われらの父なる カメハメハは
 自ら武器を手に戦い
 この国を守った
  
 誇り高き ハワイの民よ
 王を信頼せよ
 王の血は若き世代に受け継がれてゆく
 誇り高き ハワイの民よ
 忠誠心に満ちた民よ
 これを心にきざめ とどめよ
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カメ-1
カメ-2

 ハワイ各島の海岸に現れるホヌ(海亀)は、ハワイの神話や伝説に登場する。
ハワイの人々にとってホヌは鮫と同様に”守り神”としても大切な生き物の1つなのだ。
ハワイ島キラウエア火山の南に位置するプナウル黒砂海岸にまつわる
伝説の主人公は「カウイラ」という名のメス亀。
昔「ホヌ ポオ ケア」という名の大きな母海亀が波の静かなプナルウの黒砂に卵を産み、
そこに泉を掘り、子亀の誕生を待った。
生まれたカウイラは母亀が作った泉に住処を作り、今でもカウイラが少女に生まれ変わって
海岸に遊びに来る子供たちを見守ってくれているという言い伝えがある。
ハワイではホヌは「米国絶滅保護動物」に指定されている。
基本的には5m以内に近づいたり、餌を与えてはいけないのだ。

それを湛えたフラがある。チャントは次の通りだ。

 私は見る 美しいカウを
 パラヘモの美しい水の
 大きなカウ
 リラックスするのは
 聞こえてくる波の音
 すばらしい海の
 心ひかれるカウ

 燃え立つカウ
 燃え立つ灯台もある
 愛するカウ
 みんなの視線を集める
 湧水のワイアフキニ
 白砂から湧き出る水が名高い
 素敵なカウ

 ストーリーを繰り返そう
 美しいカウ
 喜びに満たされた
 愛してやまないカウ
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パリハイ-1
パリハイ-2
パリハイ-3
 
 ハワイにはいろいろの伝説の踊りがあるが、これはHaiと言う女性を
称えるカヒコである。
Haiとはハワイ島ワイピオ渓谷に伝わる伝説の女性の名前Ha inakolo
(ハッイナコロ)を短縮したもの。
果実に飢えていたハッイナコロは無作法に果実を食べてしまい、心を
取り乱しさまよい歩いた。
男性達は根気強くあきらめないで彼女を探し続けた。
ラカは発見されるまで数ケ月間渓谷をさ迷い歩いたとされる。
その時彼女が登ったPall(断崖絶壁)は後に「Ka Pali Hai(ハイの崖)」
と呼ばれるようになったと言う。
今もその崖はあり、何かあるとマロで正装した男性がフラを捧げるのだ。
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ペレ-1
ペレ-6
ペレ-6

 ハワイ島キラウェア火山の女神ペレに捧げるオリ、何か重要な儀式が
ある度に山に行って唱える。
そのチャントの内容はこうだ。

 Oll Noho ana Koakua

 雪に閉ざされた 神秘の向こう
 山に住まわれる神々よ
 どうか目覚めたまえ
 この地はラカの神によって
 平安と安らぎがあります
 
 これからフラを捧げる踊り手が
 あなたに導かれて清められ
 無垢の体を持って踊ることが
 出来ますようお祈りします
 ありがとうございます

 ハワイに住むペレは
 目覚めて踊る
 そのダンスは怒涛のごとく
 盛り上がり のたうちながら
 Punaへ押し寄せ
 土地をむさぼり食う
 炎の舌は美しいPallullをなめ
 ついには高い崖をもひとなめにする
 その恐ろしいダンスの響きは
 マウイのKaululaの土地まで聞こえる
 我々の平和はどこにあるのだ
 ペレに安らぎを
 重く低くうねりながら
 女神ペレの祭りは永遠に続く
テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
ペレ-2
ペレ-2
ペレ-3

 クムリポとはハワイに伝わる天地創造について記したチャント(詩)である。
それを踊るフラがある。
それに使う竹の楽器「Ka eke eke(カーッ・エケッ・エケ)」を2本持って踊る。
航海者La amaikaki hiki(ラアッ・アマイカキ)によってタヒチからハワイへ
パフ太鼓と共にハワイに持って来られたとされる。
このフラはハワイの人々が大変尊重し、大切にしてきた習慣に忠実に従った
フラで格式あるフラである。
膝をつけたままの姿勢で踊るのが特徴。
このラブソングの舞台となっている情景はハワイ東方にあたる地域ハマクア
沿岸にあたる。
テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
フ-1
フ-2
フ-3
フ-4

 ハワイのフラについては過去にも取り上げたが、まだ未開拓な部分があったので
ご紹介しょうと思っています。
1800年代のハワイはフラが盛んで人々のコミニュケーションの手段として用いられた。
そしてフラを踊る前は必ずオリ(祈り)、とチャント(詩)が捧げられた。
また衣装も正装で男性はマロ(HUNDOSHI)、女性は赤いスカートだ。
その祈りの全容です。

 さあ 堅牢な木のオールを取れ
 船は岸から離れ 滑らかに 滑り出す
 いざ出航だ
 帆は降ろされたか
 守り神の像は後ろにスクッと立つ
 もう逃げることは許されない
 白人の高いマスト船も物じゃない
 奴らの船舵をふさいでもっと早く
 オールを押し出し
 珊瑚を超えて行こう
 ロープを巻け
 怖いものなどない
 怖いものなどない
テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
j-1
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 港町横浜には名だたるジャズ喫茶が沢山あるがその中でも代表的な
ジャズ喫茶3店をご紹介しましょう。いかにも港町にジャズがふさわしい
と言える。

 ・ディーク(店長:佐藤秀友)
 もともとここは普通のBARであったが、何か変わったことをと20年前
にジャズ喫茶にイメージチェンジしたのが始まりだ。
特徴は毎日ライブで聞かせることを目標としている。
ピアノもニューヨーク・スタイン社を置いている。このピアノは音色の好み
を所有者に自ら自在に操るように出荷段階では柔らかめの音色になっ
ていると言う。
従って毎日多妻なアーチストが歌い、踊っている。

 ・ダウンビート(店長:田中公平)
 1956年創業の名門ジャズ喫茶である。ジャズ喫茶全盛時代にタイム
スリップしたようなレトロムード漂う正統派である。
この店長、もともとお客で通っていたがオーナーが亡くなった為、奥様
から経営依頼されサラリーマンからの転身である。
特にレコード中心で定期的にライブも行う。

 ・FIRST(店長:山崎 昭)
 1968年創業で2台のプレイヤーでレコードを再生している。
所有レコード3000枚で業界ではトップクラスだ。
また店内インテリアにも凝っていて有名デザイナーの作品も数多くある。
テーマ:JAZZ - ジャンル:音楽
ウクレレ-1
ウクレレ-2
ウクレレ-3
ウクレレ-5
ウクレレ-6
ウクレレ-7
ウクレレ-8

 ウクレレと言えばカマカ、マーチンなどのブランドが有名であるが、
最近注目を浴びているのが「Ko ALOHA UKULELE(コアロハウクレレ)」
である。
またウクレレはポルトガルの移民が持ち込んだ「ブルギーニャ」であることは
誰でも知っているが、その精神を一番大切にしているのもこのメーカーである。
1995年よりウクレレの製作を本格的に始めたハワイのウクレレメーカー
「 Ko'ALOHA 」(コアロハ)。歴史こそまだ浅いものの、多くのアーティストに愛用され、
その人気は世界中に広まりつつある。
シンプルなデザインの裏には様々な工夫が施されている。サウンドホールを覗く
と見える「ユニブレース」はボディの強度を高めるだけでなく、音質面での向上にも
繋がっていますし、ネックのヒール部は演奏面での考慮から独特の形となっている。
同様にボディ全体の角も丸みを持たせ、演奏者にストレスを与えないと言うのが
セーリングポイントだ!
その他にも指板の両サイドには乾燥時にフレットがはみ出す「バリ」を抑えるための
処理、コードが抑えやすいように作られた幅の少し広い指板、ウクレレの響きを
生かすために薄く削られたトップ、バックの板、と細かく研究されている。
アルヴィン・オカミ氏(パパ・コアロハ)によって創設され、現在は息子のアラン氏、
ポール氏の二人を中心に、家族全員で愛情を込めて一本一本丁寧に作られる
コアロハ・ウクレレ。
その暖かく煌びやかな音色は一度奏でれば忘れられないサウンドとして心に残る
と言われている。
これであなたもコアロハファンだね。

ボディ材:ハワイアン・コア材単板 ネック材:サペリ材
指板・ブリッジ材:ハワイアン・コア材

尚、現在ハワイではコア材の伐採を厳しく制限されており、アフリカや中近東の
コア材なども検討している。またハワイでは豊富にあるマンゴーの木も試験中
であると言う。
テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
p-2
p-1

 現在愛用している譜面作成ソフトは「プリント・ミュージック2001」である。
そろそろバージョンアップをと考えている。
仕事の関係でパソコンはMacが中心で構成としては
Mac・・・MIDI(ミディ)・・・キーボード
と言う形で譜面を作成している。
ところがWindowsをDELLにした関係でインストールしてみると以外や以外、
MIDIがなくても音が出ることがわかった。(Macでは出ませんでした)
今のところ作曲する訳ではないので音が出ればそれで充分なのだ。
作曲専門の方はもっと高度なソフトを使用していることと思う。
その辺は今後の課題である。

ならばプリント・ミュージック2008はどんな点が違うのか。
通常の譜面をスキャンニングして譜面を読んでくれる機能があるが、それが
充実したと言うのだ。
現在でもその機能はあるがイマイチである。
先ずスキャンは2500dpi以上の解像度でなければならない。(これはクリア)
それをPhotoshopでモノクロ2階長にして拡張子はTIFFで保存する。
それを開くと自動的に読んでくれるのだ。
これは最終的なチェックの為に必要な機能なのだ。

さらにいいソフトがないか検討しょうと思っている。
テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽
カピイオラニ
イオラニ

 ハワイ王朝と言えばカメハメハ大王、カラカウア王、リリウオカラニ王女
などが有名であるがあまり知られていないのがカピオラニ王妃である。
ご存じカラカウア王の奥様です。
彼女は1834年生まれで65歳でその生涯を閉じている。
波乱の王妃と言っても過言ではない。
 カラカウア王は、1882年に竣工したアメリカ唯一の宮殿であるイオラニ宮殿
をカピオラニ王妃との住居とした。翌年にこの宮殿で戴冠式を行い、
この時にハワイ各島からカフナ(神官)を集めて、古代から伝わる伝承・歴史を
書きとめる作業を行ったとされる。秘密とされていたハワイの創世神話叙事詩
「クムリポ」もカラカウア王により公表され、世に知られることになった。
この戴冠式に合わせて除幕された、ハワイ諸島を統一したカメハメハ大王の銅像
の建立もカラカウア王が決定したものだ。
1874年の選挙の結果即位したカラカウア王は、ハワイ文化の再興に努め一定の
成果を得たものの、政治的には親米勢力に圧迫されていき王権の縮小つまりは
ハワイ人の権利喪失を余儀なくされた。
こうした状態を回避しようとカラカウア王は様々な方策を講じたが、その中には推定
王位相続人である姪のカイウラニ王女を外国王族と結婚させることで、アメリカとの
関係を再構築しようとする狙いもあった。
(その候補には日本の皇族である山階定麿王(後の東伏見宮依仁親王)もいた。
しかし、この件は日本がことわったとされる)
しかし、王のこういった行動はいずれも失敗に終わり、治世末期にはハワイは
アメリカ人のもの同様に陥っていったのだ。
こうして、失意のカラカウア王は多くの課題を妹リリウオカラニに残して1891年に
亡くなったが、アメリカ本土で暗殺されたとする説が有力。
女王として即位したリリウオカラニは失意の兄王の遺志を受け継ぎ、王国をハワイ人
に取り戻そうと試みまるが、その性急な姿勢は逆に親米勢力をクーデターに追い込み、
1893年にアメリカ海兵隊と図った親米勢力によって廃位されることになる。
以後、姪で王太子であるカイウラニ王女はアメリカ政府に王政復古を訴え、
リリウオカラニ女王は本国において王位奪回を図ろうと試みるが、いずれも失敗に
終わり1898年には形式的にハワイ共和国として維持していた独立をも失い、
ハワイはアメリカの植民地となる。
その後、ハワイ人の希望の星と称えられたカイウラニ王女が1899年に急死し、
カラカウア王朝は後継者を失い、最後までハワイ人の心の女王であったリリウオカラニ
の死により1917年に途絶えることになりました。

個人的にはいつまでも「ハワイ王朝でいてほしかった」と言うのが本音である。
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デューク
サーフィン

 ハワイのワイキキビーチに建つ英雄の銅像がある。
デューク・カハナモク(Duke Paoa Kahinu Mokoe Hulikohola Kahanamoku,
1890年 - 1968年)はハワイ出身のサーファー、水泳選手である。
伝説のサーファー、デューク・カハナモクの像。ワイキキビーチをバックにサーフボード
を背にして立っている。高さ約5m。
 デューク・カハナモクはサーフィンの名手として知られ、ハワイでの初めての
オリンピック選手として1912年のストックホルム五輪水泳に出場、100m自由形で見事
金メダルを獲得した。その後も度々オリンピックに出場し、好記録を出すだけでなく
「アロハの大使」として親善的な役割に貢献した。
 カハナモク像は彼の生誕100年を記念して建てられたもの。
競泳
金 1912 男子100m自由形
金 1920 男子100m自由形
金 1920 男子800mフリーリレー
銀 1912 男子800mフリーリレー
銀 1924 男子100m自由形
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 新宿コマ劇場が老朽化の為、昨年末で取り壊されることが決まった。
当初北島三郎座長公演が行われていたが、予備日を貰っての開催となったのだ。
平尾昌晃が中心となり往年のロカビリー歌手が勢ぞろい。
さすがプロ、歌声はいささかの衰えもない。一番感心したのは「メタボ」が誰もいない
と言うことであった。彼等は日ごろ気をつけているのだろうと思う。
さて写真上からご紹介しましょう。

 ・新宿コマ劇場
 ・ステージにテープが乱れ飛びました。
 ・平尾昌晃(デビークロケットの唄)
 ・山下敬二郎(ダイアナ)
 ・ミッキー・カーチス(テネシーワルツ)
 ・ささきいさお(君は我が運命)
 ・田代みどり(パイナップル・プリンセス)
 ・鈴木ヤスシ(ジェニジェニ)
 ・森山加代子(月影のナポリ)
 ・佐川満男(オーキャロル)
 ・尾藤イサオ(ピーパッパルーラ)
 ・九重佑三子(シェリー)
 ・佐野修(ミスターベースマン)
 ・田辺靖雄(恋の日記)
 ・弘田三枝子(子供じゃないの)
 ・寺内タケシ&ブルージーンズ(慕情)
 ・飯田久彦(ルイジアナ・ママ)
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シャツ-1
シャツ-2
シャツ-3

 アロハシャツはもともと日本の着物がルーツとされている。
明治時代にハワイに移民として渡った日本人がその暑さの為に着物を
半袖にして着ていたのがハワイ人の目にとまったのだ。
それ以後はアメリカのリゾート地として開発されるに至り現代のものに
改良されていったとされる。
今でも「MUSASHIYA]のブランドで制作されていて日系人が経営している。
当初は色あざかで目立つものが主流であったが、最近はエコがテーマ
になっている。
例えば木や花や葉からとった天然素材を使い色を染めている。
デザインも鳥や花など自然のものが多い。
しかも生地はわざと裏と表を逆にして色を抑えているものもある。

ここReyns(レインズ)では自然ににこだわり、フットボールなどの
ロゴやマークなどオーダーメイドが主流である。
また子供用の品揃えも豊富でどんな要望にでも応えてくれると言う。
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 佐賀県鳥栖市に40年間続いているジャズ喫茶「コルトレーン・コルトレーン」
がある。オーナーの宮前明さんは高校時代に吹奏楽でサックスを吹いていた。
その後ジャズに目覚め地道に活動を続けてきた。
もともと稼業は塩屋で細々続けてきたが社会情勢の変化を感じ、その店を
ジャズ喫茶に改装してしまったのだ。
定期的にライブなどをやってはいるが、経営的にはイマイチであると言う。
しかし好きだからとそれを通してきた。
コルトレーンにこだわったのはジャズプレイヤーのほとんどが彼を崇拝している。
このコルトレーンと言う名前はあちこちあるが、彼はあえて2つつけたと言う。

ジョン・コルトレーン(John Coltrane、1926年9月 - 1967年)は、
アメリカノースカロライナ州生まれのモダンジャズのサックス奏者。
テナーサックスをメインとするが、活動の最初期はアルトサックス、
1960年代よりソプラノサックス、最晩年にはフルートの演奏も残した。
活動時期は、1950年代のハード・バップの黄金時代から1960年代の
モード・ジャズの時代、さらにフリー・ジャズの時代と、それぞれの時代に
大きな足跡「ジャイアントステップ」を残した。しかし残念ながら肝臓ガンの為
40歳の若さで生涯を閉じている。
チャーリー・パーカー(アルトサックス)亡き後、ソニー・ロリンズ(テナーサックス)
と並ぶジャズ・サックスの重要人物。モダンジャズのテナーサックス演奏では、
コルトレーンの影響下に無いものがいないという状況が長く続いた。
ピアニストのアリス・コルトレーンを妻に、サックス奏者のラヴィ・コルトレーンを次男に、
サックス・クラリネット奏者のオラン・コルトレーンを三男に持つ。
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年賀

 新年あけましておめでとうございます。
どこからか古式ゆかしき雅楽の音が流れてまた新たな年が訪れました。
どうぞお健やかな日々をお過ごしください。

今年は丑年。「牛に引かれて善光寺詣り」なる有名な言葉があります。
今年は7年に一度の「御開帳」と諏訪の奇祭「御柱」なる行事もあり
忙しい年になりそうです。

バンドの方は今年の目標は「音(ハーモニー)」にしました。
今までなんとなく奏でていましたが、こだわりをもって望みたいと思って
おります。

新春早々ステージの仕事が入りました。
2月7日(土)山ノ内温泉の安楽荘で行う新年会です。
バンド仲間のモアナ・ヨシエちゃんの親族が主催するものです。
総勢50名位になるとのことです。
食事、ご祝儀、お風呂(混浴不可)の豪華3点セットです。
従って新春音出しは早めとなります。

本年もぞうぞよろしくお願い致します。
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