Royal Hawaii

ALOHA! ハワイアンバンドでスチールギターをやっています。 ハワイアンファンの皆様、全員集合。

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 「スチールギターは絶滅危惧種」とスチールギター歴60年の小林ライオン潔氏
は嘆いている。
若い人がやりたがらないのだ。小林氏は今積極的に若い人を育成している。
ハワイでもスチール抜きのバンドが急増している背景もあるようだ。
国内でもだいだいが学生時代にやって定年後やり始めるケースがほとんど
である。従って白髪のおじさんだらけである。
しかもそのおじさんがなかなか若い人に教えようとしないのだ。
またスチールギターを習おうと思っても適切な教本やらDVDなども余りない。
と言うのもギターやウクレレと違ってチューニングや弦の数が余りにも多く、
それによって弾き方も違うと言う複雑さもある。
メーカーも年々減少傾向にあり、フェンダーもかなり前に撤退を決めている。
ハワイアンそのものがプロとして食えないと言う現実もある。
ハワイアンは夏だけのイメージが強く、日本が常夏であるならともかく、
プロでの夢がなかなか実現出来そうにない。仕事がないのだ。
最近あるバンドのアンケートをやったがハワイアンのジャンルが抜けている。
これにはさすがにガックリきた。
はてさてどうしたものか。ご意見番の「東海林 仁」さんにでも渇(カツ)をいれて
貰わないとだめですかね。
皆様のご意見をお待ちしております。ではでは。
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 アイ・ジョージと言えば「赤いグラス」「硝子のジョニー」などのヒット曲があり
一時黄金期があった。
この彼が昭和30年代にテイチクで1曲だけハワイアンを吹き込んでいる。
「オー・ハッピーデー」と言う曲で伴奏はバッキー白片とアロハハワイアンズである。
しかしこの曲をいろいろ調べたが、どんな曲で誰が作ったかもわからない。
誰か知っている方がいれば教えて貰いたい。

彼は1933年香港生まれ。母親はスペイン系フィリピン人であったが彼が幼い時に
亡くなっている。父親も心労の為その数年後に亡くなっている。
日本の祖父に育てられたが歌がうまく、米軍のキャンプなどで歌っているところを
田端義夫にスカウトされ芸能界入りを果たした。
しかし度重なる金銭トラブルで芸能界を追放された形となり、現在は所在不明だ。
アメリカはロスに在住していると言う情報もあるが真意は不明である。
テーマ:真夜中ミュージック - ジャンル:音楽
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 この7月にチャイナレスト天津で行われた「うたごえ喫茶」が好評で
今回同じ地区にあるカラオケ喫茶「モリ」(信金の前)で行われること
となりました。
11月23日(月)pm1:30~4:30です。
アコーディオンとギターの生伴奏付です。その後カラオケが歌い放題となります。
会費はコーヒー、お菓子付で1.000円です。
まだチケットに余裕がありますので電話にてご予約下さい。
テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽
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自分自身の好きな歌に入る曲として「想い出のグリーングラス」がある。
世界中で歌われ愛されている曲でもある。
中でもトム・ジョーンズが好きだ。
しかしこの哀愁のメロディーには悲しい出来事があることも忘れてなならない。

これはある死刑囚が故郷の家に帰った夢を見たと言うものです。
明日になったら吊るされる死刑囚が見た最後の夢でした。
この人は,きっと悪いことをしたのでしょう。
しかし,それには深い事情があったのかもしれません。
神様も可哀相に思われたのでしょう。
故郷の両親や恋人に, 夢の中で会わせて下さったのです。
懐かしい故郷の景色とはうって変わって、
3番で、四面を取り囲む灰色の壁を見ます。

1965年にパットマンという人が作った歌で、その後トム・ジョーンズや
ジョーン・バエズ等が歌ってヒットしたが、3番は省略して歌われることが多かった
そうです。そのためか、日本語訳でも、ここは省略して歌われている。
「この次帰る時は 土の下だぜ懐かしき「green green grass of home」
としています。
処刑後に、昔よくあそんだ思い出のグリーングラスの家にある古いオークの木の
芝生の下に埋められて、それをみんなが、見に来るとはなんと悲しい。

邦題 「想い出のグリーン・グラス」 (トム・ジョーンズ)

汽車を降りると、懐かしい故郷
その様子は変わっていなかった
そこにはぼくを迎えてくれるママとパパがいる。
道の向こうに目をやると、
メアリーが駆けてくるのが目に入る
金色の髪とチェリーのような唇をして
たまらんなあ、故郷の緑鮮やかな草に触れるのは
そう、みんながぼくを迎えてくれる
あらゆる生命が優しい笑顔を見せてくれる
たまらんなあ、故郷の緑鮮やかな草に触れるのは
懐かしの家はまだ建っていた
でも、ペンキはひび割れ、ひからびていた
よく木登りして遊んだ懐かしい樫の木もある
あの小径をぼくは一緒に歩いてみよう、あの可愛いメアリーと
金色の髪とチェリーのような唇をした。
たまらんなあ、故郷の緑鮮やかな草に触れるのは
そうしているうちに、ぼくは目を覚まし、
あたりを見ると、
冷たい灰色の壁がぼくを取り囲んでいる
それでわかったんだ、ぼくは夢を見てたんだと
そこには看守がいるし、
悲しげな顔をした年老いた牧師もいる
夜明けになれば、ぼくは両腕をとられて歩かされるだろう
もう一度、ぼくは故郷の緑鮮やかな草に触れることになるだろう
そうさ、みんながあそこでぼくを迎えてくれる
あの懐かしい樫の木の木陰で
故郷の緑鮮やかな草の下によこたえ、ねかされるこのぼくを


テーマ:お気に入り&好きな音楽 - ジャンル:音楽
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ジョージ・ナオペ氏がハワイ時間の10月26日午前8時ごろに
天国に召されました。1928年生まれの81歳。
かねてから車椅子生活を余儀なくされていたが
今年のメリーモナークにはアンティ・ドッティと
二人並んで元気な顔を見せてくれていて6月には日本も訪れていた。
とても残念です、そしてショックです。
ハワイの人間国宝・・フラの神様・・といわれた方ですから、
ハワイのみならず、世界中に悲しみが広がってる事だと思います。
アンクルの偉大さは、不滅の伝説になるでしょうね。
フラを愛する人達の心のなかで、いつまでも生き続けてほしい思いです。
ご冥福をお祈り申し上げます。
テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報
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 鶴岡雅義と東京ロマンチカのメインヴォーカルの浜名ヒロシさんが亡くなった。
浜名ヒロシ(本名・橋本真人=はしもと・まさと)さんは24日午後1時34分、
脳内出血のため東京都千代田区の病院で死去。59歳だった。
所属事務所によると、1年前に小細胞がんを患い回復したが、再び体調不良を訴え、
22日に入院。その後容体が急変し、家族らに看取られ息を引き取った。
 1968年にソロ歌手としてデビューし、69年に東京ロマンチカに加入。
三條正人(66)とツインボーカルとして活躍した。通夜は29日午後6時、葬儀・
告別式は30日午前11時、東京都新宿区上落合3の34の12、落合斎場で。
喪主は妻、橋本あゆみさん。来年1月末に、今月18日に心不全で亡くなった
「ロス・プリモス」の森聖二さん(享年70)と合同でしのぶ会が開かれる。
相次いで大切な人が亡くなり寂しい気持ですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
テーマ:いきものがかり - ジャンル:音楽
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 旗照夫は1933年生まれの今年76歳になる。
しかし元気に歌っている。声も出るし声量もある。昔のままである。
1952年高校を卒業後デビュー、1957年平岡精二の「あいつ」がヒットし
その後は周知の通りテレビや舞台で活躍した。
その中でもNHK「おかあさんといっしょ」にでハタハタ坊やとして9年間出演
するも、その後は活動を休止するが現在は活動を再開、定期的にディナー
ショーなどを開催している。
その中にあってハワイアンナンバーを多く歌っていることは余り知られていない。
プアマナ、ブルーハワイ、ビヨンザリーフなどである。
次の動画はブルーハワイを歌ったものでスチールギターはライオン小林である。

テーマ:お気に入り&好きな音楽 - ジャンル:音楽
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 川畑文子(かわばた・ふみこ)は1916年ハワイ生まれの日系3世。
3歳でロスに移住し、13歳で歌と踊りでデビュー、33年の初来日以来、
日本にて数多くのポピュラー・ソングをSP盤にて発売した女性歌手。
日本のポップス黎明期にあたる1933年、歌にダンスに大活躍したティーン・アイドル
であったのだ。
 岡山県からの移民を父に、ハワイ生まれの日系二世を母にハワイで生まれた文子は、
12歳でダンス学校に入学するとめきめきと上達し、13歳には早くも興行会社RKOの
専属ジャズ・ダンサーとしてプロ・デビューした。
当初はお忍びのつもりで日本へ来たが、米国での文子の活躍ぶりは日本にも伝わって
いて、レコード会社や興行会社は彼女をめぐって激しい争奪合戦をくり広げた。結局、
獲得にもっとも熱心だったコロムビアと専属契約を結ぶことになった。
コロムビアはさっそく翌年2月、東京劇場で「コロムビア専属芸術家川畑文子帰朝公演」
を開催。和製ジャズ・ソングのパイオニアのひとり天野喜久代、高田せい子の高田舞踊団、
ジョージ堀の堀タップ・ダンス・チームが全面的にバックアップした。
 文子は、靴先を自分の頭より高く上げる得意技“ハイキック”を含むアクロバティックな
モダン・ダンスのみならず、タップ・ダンス、バレエ、スパニッシュ・ダンスなど、幅広い
レパートリーをこなし、そのいずれにおいても抜きん出た力量を披露した。
テイチクには34曲吹き込まれていて、これらのうち13曲が『川畑文子・ベティ稲田と
仲間たち』(テイチク TECW-28770)にCD復刻されている。瀬川昌久さんの著書「ジャズ
に踊って」(清流出版)によると、コロムビア時代よりもジャズ色が薄らいでハワイアン調の
曲や編曲が主になっているという。
つまり日本のハワイアンソングのパイオニアとも言うべきか。

テーマ:女性アーティスト - ジャンル:音楽
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 11月14日(土)に開催されるSTKサウンド(中野音楽事務所)ディナーショー
のチケットが届いた。
我々ハワイアンバンドはゲストとして30分ほど地元太鼓連と演奏することに。
この中野音楽事務所とは
〒382-0085 長野県須坂市穀町521
TEL 026-246-3031 FAX 026-248-2663
JASRAC登録の作詞、作曲家が集まり、代表中野信一を中心に曲作りのお手伝い、
編曲をしています。又歌手、作詞、作曲の新人の育成も行っている。

その組織とは・・・

中野 信一(早乙女 一平) 長野県須坂市 作曲・編曲家
榛名 ひさし 長野県長野市 作詞・作曲家
酒井 巌(室井 いわ緒) 長野県長野市 作詞家
西村 忠一 長野県長野市 作詞家
塚田 英夫 長野県長野市 作詞家
永井 洋子(池 洋子) 長野県埴科郡坂城町 作詞家
小林 健蔵(大蔵 健) 長野県長野市 作曲家
渡辺 信行 新潟県上越市 歌手・作詞家
穂谷 則雄(谷 潤一) 長野県長野市 作詞・作曲家
松宮 忠 長野県長野市 作詞家
宮島 尚男 長野県埴科郡坂城町 歌唱指導者
堀内 泰彦 長野県千曲市 作曲家
藤澤 悦三 長野県須坂市 映像・音響
松澤 茂 長野県須坂市 レコード制作

登録約60名のアーチストの一部をご紹介しましょう。
・瀬名ひとみ
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・内川みどり
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・吉畑けんじ・関やすこ
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・牧ゆたか
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・篠原貢
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・和泉優子
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もちろんわれ等の「小山まゆみ」も出ております。イェー!


テーマ:本番イェー - ジャンル:音楽
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 全員がクラッシック界出身という異色のコーラスグループである。
これがまた聞かせるのだ。
アンサンブル・プラネタは日本の歌手グループで、女声のみによるア・カペラ・コーラス
でクラシックの楽曲やヨーロッパの民謡などを歌うユニークなスタイルを特徴とする。
唱法の上ではオペラ的なベルカントではなくビブラートを抑えた発声を用い、精緻な
アンサンブルにより独特の響きの世界を作り出している
以下の4人により構成される。リーダーは結成以来戸丸が務めている。

戸丸華江(とまる はなえ)
池城淑子(いけしろ よしこ)
伊藤美佐子(いとう みさこ)
北爪和代(きたづめ かずよ)
テーマ:女性アーティスト - ジャンル:音楽
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戦前のハワイイアン界アイドルでは「トニー相良(さがら)」をあげることが出来る。
本名「水島早苗」(現世のAV女優「水島早苗」とは無関係)
なぜトニーと言う男性的な名前をつけたか?諸説あるが・・・
当時話題であった「ベルサーユのバラ」に出てくる歌のうまい女性が「トニー」と言う
名前からとったとされる。
昭和10年に吹き込んだ「想い出のホノルル」「ハワイの宵」はまたたく間にヒット。
一躍ハワイアンアイドルにのぼりつめた。
その音源が残っているので聞いてみよう。

テーマ:女性アーティスト - ジャンル:音楽
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 今から約40年前のレコードである。
2枚組3.000円とある。当時の3.000円と言うとかなり高価?かな。
大橋節夫とハニーアイランダース/岡崎広志、伊集加代子となっている。
特筆すべきはこの2人のヴォーカルである。
実にうまい。
いろいろ調べてみると共にいいお年にはなっているものの現役で活動
しているところがうれしい。
但しハワイアンは歌っていないみたいだ。
現在ではLPでは聞けない為、CD化してもらい時々聞いています。

テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽
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 昭和の初期にハワイアンで活躍したスーパーアイドルがいる。
その名も「ベティ稲田」である。日系アメリカ人。
1934年のベティー・イナダは、警察に睨まれながらも、舞台でフラダンスを踊っていた。
「フラはハワイの伝統舞踊よ。英米のダンスじゃないわ」と憲兵を説得していたとある。
ベティー・イナダとディック・ミネが一時期結婚していたことは公然の秘密になっている。
満州を慰問中、ディック・ミネが白系ロシア人女性と奉天のホテルのベッドの上にいる
ところにベティー・イナダと李香蘭こと山口淑子がおしかけた逸話もある。
プレーボーイとはディック・ミネのためにある言葉であった。なお、編曲はハワイ生まれの
スチールギターの名手バッキー白片で、演奏はバッキー白片率いるハワイアンバンドの
アロハ・ハワイアンズである。
 ベティ稲田は、昭和8年20歳のとき日本へやって来た。ディック・ミネの満州慰問公演に
同行するなど、戦中戦後、日本で芸能活動を続けた。戦後になって、ディックの斡旋で
テイチクと契約。おなじ二世のバッキー白片と組んでハワイアンを中心にうたった。
 本盤収録の「マリヒニ・メレ」はバッキー白片とアロハ・ハワイアンズの伴奏で昭和21年
録音。さすが元フロリダの歌姫。日系アメリカ人歌手のなかでは随一の歌唱力といわれた
だけのことがある。フラもうまい、まさにスーパーアイドルであったのだ。
テーマ:女性アーティスト - ジャンル:音楽
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  「ラブユー東京」などで人気の「ロス・プリモス」のリードボーカル・森聖二
(もり・しょうじ、本名同じ)さんが18日午後1時、心不全のため東京・新宿区内の
病院で死去した。70歳だった。大阪府出身。葬儀・告別式は近親者で行い、
後日お別れの会を開く。喪主は妻冨美子(ふみこ)さん。
関係者によると、17日午後2時すぎに港区内の自宅で胸の圧迫感を訴えて意識
不明となり、救急車で病院に搬送された。緊急手術を受けたが、意識は戻らぬまま、
最期は家族にみとられて帰らぬ人になった。18日には埼玉・東松山市でコンサートが
予定されていたが、残りのメンバーが行った。3年前には心筋梗塞(こうそく)で
倒れたことがあり、リハビリを行って音楽活動を続けていた。
森さんは、65年に「黒沢明とロス・プリモス」(80年にロス・プリモスに改名)にリード
ボーカルとして加入。翌66年発表の「ラブユー東京」が100万枚以上の売り上げを
記録する大ヒット。68年1月に創刊されたオリコンでは、創刊号から9週連続で1位と
なった。ムード歌謡をけん引し、「雨の銀座」「たそがれの銀座」などの銀座シリーズ
でも知られる。
ご冥福をお祈り申し上げます。


テーマ:お気に入りアーティスト - ジャンル:音楽
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 ハワイアンは弦楽器がメインであるがその神様的存在を忘れてはならない。
Roy Smeck(ロイ・スメック1900-1994)である。
「世界初の映画音楽で使われた楽器は・・・、ハーモニカとウクレレだった」
この1926年のワーナーブラザースの映画「ドン・ファン」は、Vitaphone と呼ばれる
装置で初の映像と音声のシンクロを実現していたらしく、音楽を担当したのが
「弦楽器の魔術師」と呼ばれるロイ・スメック と言われる。
父親から教わった、たった三つのコードが彼の音楽人生の始まりだった。その後、
彼は独学で各種ギター、バンジョー、マンドリン、ウクレレ等のあらゆる弦楽器
(中には自家製のものも!!)をマスターし、若くして娯楽音楽の大家となる。前述の
とおり映画音楽では数々のイノベーター的な役割を果たし、多くのジャズ
ミュージシャンとの共演でたくさんのレコードも残した。後年はテナーバンジョーの奏者、
インストラクターとして第一人者的な地位を築き、1994年にニューヨークで亡くなる
直前まで音楽家でありつづけた。(享年94歳)
彼のユニークな側面は、ソル・ホーピーに影響されたと言われる、スライド奏法を用いた
ギター演奏で聴かれるハワイアンミュージックである。現在ではリラクゼーションの部分
が強調されすぎているきらいのあるハワイ音楽だが、彼 の演奏するそれはいずれも
聴衆を突き動かすような、アップテンポで狂気すら感じさせる自由奔放なものである。
当時の大衆音楽の役割は「娯楽」を提供することであった故の、その第一線で鍛えられた
「芸」の凄みとでも言ったら良いだろうか。表現とか芸術とかゴタゴタぬかす前に、
まず一級の芸人であることの素晴らしさ、潔さを、頭でっかちの私に突きつける。
戦前ギター音楽の金字塔いわば神様と言われるゆえんである。

テーマ:お気に入りアーティスト - ジャンル:音楽
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 DVD整理していたらなつかしい映像が出て来た。
ヴォーカルのモアナ・ヨシエさんのご家族が撮影されたものです。
専用のソフトでスナップ写真を撮影する。
これは2005年10月2日(日)に行われた「縁貯コンサート」なるものだ。
ホクト文化ホール(長野県県民文化会館中ホール)で行われた。
これは出演バンドの良かったものにお客様が任意で「投げ銭」形式で競う
と言うユニークなものだ。
この斬新なイベントに当時新聞にも掲載されました。
2回に分けて行われ6団体が出演、さて結果はどうなったか?
それはご想像におまかせ致します。収入は経費を引き我々の手元に。
ラーメンを食べて祝いました。

出演者をご紹介します。

 ・近藤満里さん(MC)
  元TSBテレビアナウンサー。現職の長野市議会議員です。3児のママ。
 ・ロイヤルハワイアンズ
  マハロ♪マチダ(スチールギター)
  モーリス・タグチ(ファーストギター)
  マーサ・イハラ(セカンドギター&パーカツ)
  ミッキー・サガワ(ウクレレ)
  トニー・タナカ(ベース)
  モアナ・ヨシエ(ヴォーカル)
  明日香みや(ヴォーカル&フラ)

 ・花みずきフラスタジオ
  沢  奈々
  ドリーム・ヒロコ
  嶋 実のり
  原 すみれ
  イチコ・イオラニ
  リエ・ヤマダ
  ケイコ・ウチヤマ

このうち現在では約半分が入れ替わっております。
いずれYou Tubeにアップロードしょうかと思っております。
テーマ:本番イェー - ジャンル:音楽
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 我が家にはアイドルがいる。
メス猫の「クロちゃん」である。
家族全員が猫好きで16年前に我が家に来た。
人間で言えば80歳を超えるのではないか。
過去数回病院にお世話になった程度で今も元気に過ごしている。
夜は我々の寝床に入ってくる。
冬になると毎日どこの寝床に入るかそれも楽しみでもある。
猫は居場所を変える習性があるからだ。
ゴロゴロ言う声がたまらなくかわいい。
長い間みていると、泣き声だけで何を意味するかわかるから不思議だ。
子供は産んだことはなく(産めないのだ)かわいそうな気はするが
それも宿命なのかも知れない。
これからも家族の一員として大事にしていきたいと思う。
テーマ:猫のいる生活 - ジャンル:ペット
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 8弦トリプルネックのスチールギターをいつもたずさえ、ステキな
ハワイアンミュージックを聞かせてくれます。
当初は4本ネックを使っていた。今もライブハウスに飾ってあると言う。
ちなみにメインチューニングはAm7と言うことでした。
今年77歳の喜寿である。
先ずはおめでとう。長い間ハワイアン界を現役でリードしてきた。
彼のプロフィールを覗いてみよう。
昭和7年生まれ浜松市生まれ。昭和35年、早稲田大学大学院法学研究科
民法専修科卒。当初は弁護士を目指していた。高校在学中より、ハワイアン・
ミュージックの熱烈なファンとなり、ウクレレ、スティール・ギターを独習。
早大入学と同時に“早稲田大学ナレオ・ハワイアンズ”に籍を置き、スティール・
ギター、ウクレレを担当、大学関係のステージを中心に全国的に演奏活動を展開する。
昭和37年、母校・大隈講堂での初リサイタルを期にプロに転向し、レコーディング、
ステージ等で活躍。
作曲家としても、坂本スミ子や、南かおる、クロード・チアリ、ロス・マルチェロスなど、
国内外様々なアーティストが取り上げ大ヒットした「アリベデルチ東京」
(岩谷時子:作詞)や、エセル中田の「パパイヤ畑の昼下がり」(なかにし礼:作詞)
等のオリジナル作品も数多く残している。近年では「ミスター・ホノルル」、
「風吹く海に」など、写真家・浅井愼平とのコンビ作品を発表し、大きな話題にも
なっている。また、作詞(訳詞)家として、日野てる子の「ハナレイ・ムーン」、
「ビューティフル・カウアイ」や、その他にも「カマラニ・オ・ケアウカハ」、
「メ・カ・ナニ・アオ・カウポ」等、ハワイアン・ソングの訳詞もこれまでに手掛ける。
一方、ハワイアン関係のレコードや楽譜、その他の資料のコレクションを趣味とする
研究家としても広く知られており、出版物、CDライナーノーツ等も多数執筆している。


テーマ:音楽的ひとりごと - ジャンル:音楽
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 バリ島へ行くからには現地での楽器など調べてみた。
先ず出てきたのは「ガムラン」と言う楽器であった。
ガムラン (gamelan) とは、インドネシアの各地で発達している伝統的な
器楽合奏音楽の総称である。しかし、元来は、インドネシア、ジャワ島
中部の伝統芸能であるカラウィタンで使われる楽器の総称であった。
「ガムル(たたく、つかむ、あやつる)」という動詞の名詞形で、その名の通り、
叩(たた)いて音を出す楽器がほとんどである。
ジャワ島のガムランの楽器に使われる原材料は、青銅が主であり、具体的
には青銅製の鉄琴、銅鑼などの類となる。青銅製ではなく、鉄製のものなど
もあるが、青銅製のものが最も音が美しいとされている。ただし、インドネシア
では青銅の元となる錫はほとんど産出されず、ほとんどがマレーシアから
運ばれたものであり、かつての青銅文化であるドンソン文化がマレー半島
を経由してインドネシアに伝わったことを体現している。
現在では、周辺のバリ島の鉄琴や銅鑼などの楽器もジャワ島における用法
にならい、ガムランと呼ばれる。さらには竹製のガムランも広く見られるように
なっている。
これからもいろいろ調べて見たいと思っている。
テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽
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 取引先の金融機関の親睦団体が企画した「金沢カニ三昧の旅」に日帰り
で行ってきた。約50名が参加。
朝8時にバスで高速を飛ばし昼ごろ金沢市に到着。
「香林坊」なるレストランでカニを頂く。食べ放題ではあったが、そんなに
食べられるものではなく、富山のますのすしもついている。
その後は兼六園を散策、これで温泉でも入れればと思ったがそれは
なかった。
天気も良く、久しぶりのカニ料理に満足の一日であった。


テーマ:季節を感じる - ジャンル:ライフ
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 毎年JA(農協)が主催する海外旅行が今年もやってきた。
まだ行くとも言っていないのにもう参加の表示になっている。
昨年はオーストラリアであったが、今年はインドネシアのバリ島である。
地震があったり治安の悪さが報道されているが少々不安でもある。
期日は来年の1月28日から5日間である。
こちらは冬であるが向こうは常夏だから体調管理が大変だ。
バリ島はもちろん行ったこともなく、初めてである。
世界遺産の「ボロブドゥール」なる遺跡が最大の見学場所になると思う。
費用も旅行から帰ってから自動的に口座から引かれるから多少の小遣い
程度あれば良いという。
来年の2月までに約1.000人送り込むと言うからさすが農協である。
今回もシルクのアロハシャツやらフラ用の巻きスカート(ロンジー)なども
購入してこようと思う。シルクのアロハシャツなんて素敵じゃない?
はてさてどうなりますか。
日本へ帰ってくると2月7日(日)はライブコンサートが待っている。
とにかく忙しいよ。
テーマ:アウトドア - ジャンル:趣味・実用
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 パティページと言うと「テネシーワルツ」を思い出す。
この歌はほとんどの人が好きなのではないか。
アメリカはテネシー州の4番目の州歌になっているほどである。
彼女はいろいろな歌を歌っている。
ハワイアンでは「ブルーハワイ」を見事に歌っている。
日本で言えば美空ひばりみたいな存在かな。
82歳になる今でも元気に活躍している。
パティ・ペイジ(Patti Page、本名:Clara Ann Fowler、1927年生まれの82歳 )は、
アメリカ合衆国の歌手。アメリカのスタンダード・ポップスを代表する女性歌手の
一人である。オクラホマ州 Claremore 出身(Muskogee とする資料もある)。
1950年代に女性アーティストとして最も多くのレコード売り上げ枚数を記録した。
ポピュラー音楽からカントリー・ミュージックへのクロスオーバーを果たした先駆者
の一人でもある。今もステージに立ち続ける、20世紀ポピュラー音楽史の生き証人
である。
クララ(後のパティ・ペイジ)は大家族の貧しい家に生まれた。父親は線路工夫
として働き、母親と姉妹は綿花摘みをして生計を立てていた。後年彼女がテレビ
で語ったところによると一家は電気もなく暮らし、日が暮れると本を読むことも
できなかったという。クララは18歳の時にオクラホマ州 Tulsa のラジオ局、KTUL
の15分番組に歌手として出演するようになった。この番組のスポンサーが
ペイジ乳業であったために、クララはパティ・ペイジと名乗るようになった。
1946年、サックス奏者でバンドのマネージメントを手がけていたジャック・リール
(Jack Rael) が一夜限りのライヴのため Tulsa を訪ねた際、たまたまラジオで耳
にしたペイジの歌が気に入って、当時手がけていたジミー・ジョイ・バンドへの加入
を持ちかけた。しかし結局は両者ともこのバンドを離れ、リールはペイジの個人
マネージャーとなり、彼女の多くの録音で伴奏オーケストラのリーダーを務めた。
一度結婚し2児を設けたが離婚、52歳で再婚、現在幸せに暮らしていると言う。




テーマ:おすすめ音楽♪ - ジャンル:音楽
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 ハワイアンの中に2つの「マウイ・ワルツ」があることは余り知られていない。
スタンダードのものは、灰田有紀彦(晴彦)が日本に紹介したハワイアン・
メロディで、日本語詞はモアナ・グリー・クラブのメンバーの永田哲夫がつけた。
作曲者は灰田有紀彦にスチールギターを教えた「モケ」と言う名のハワイ人だ。
最初は灰田勝彦が歌って大ヒット、メジャーのワルツで何故か郷愁を感じさせる
淡い恋ごころ風になっている。
 もう一つの「マウイ・ワルツ」は「ハナレイ・ムーン」のヒットで注目を集めた
作曲家ボブ・ネルソン1969年の作品でジャジイな感じをもつ曲でもある。
ボブは新しい作風を持つ作曲家として期待されている。
1978年6月、東京音楽祭(第7回)に来日、少しも気取らぬ性格が私達に
好印象を残したことでも知られる。
個人的にはボブの「マウイ・ワルツ」の方が好きかな?
テーマ:音楽的ひとりごと - ジャンル:音楽
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 ライブ情報が届きました。
ハナレイ・ハワイアンズです。
8月29日(土)上田市築地にある「県宝」倉沢邸で行われたライブコンサート、
町内あげてのお祭りで出店も出てにぎわいました。
ここの?代目お姫様はスチールギター奏者の「倉沢禎子」さん。
世が江戸時代なら「頭(ず)が高い控えおろう」となるのかな?
アンティークな建物にハワイアンが見事マッチした演奏会でありました。
詳細は公式サイトをご覧下さい。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽
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 日本のこれからを背負っていく女性アーチストが終結。

●村治 佳織(31歳)は日本のギタリスト。同じくギタリストの村治奏一は実弟。
3歳頃からギターを父・村治昇に師事する。10歳からはクラシックギタリスト
の福田進一に師事。その1年後の1989年、ジュニア・ギターコンテスト最優
秀賞受賞。その後数々の賞を獲得し、1993年にデビューリサイタルを開催。
1996年にはイタリア国立放送交響楽団の定期演奏会に招待されヨーロッパ
でのデビューを飾った。

●上松 美香(27歳 )は、日本のアルパ奏者。本名、藤間 美香(ふじま みか)。
長野県安曇野市出身。実兄は作曲家・編曲家の上松範康。夫は、作曲家・
編曲家の藤間仁。実家は楽器屋をやっていた。
1994年・13歳の頃、母親(クリスティ-ナ上松)の影響でアルパに興味を持ち、
習い始めることに。
4年後の1998年にパラグアイの音楽祭「グアランバレフェスティバル(フェスティバル・
デ・タクアレ)」で日本人初のアルパ奏者に選ばれ特別賞を受賞。その後数々の賞を
受賞し、翌年「ラテンアメリカアルパフェスティバル」(メキシコ・メキシコシティー)に出演。
その後コンサート活動を続けるが、2003年に一旦活動停止。アイルランド、パラグアイ
など、世界を巡りながらアルパの世界を広げていく。

●小林 香織(28歳 )は、日本のジャズミュージシャンである。アルトサクソフォーン、
フルート奏者。神奈川県生まれ、東京都育ち。新星として、ジャズの世界で注目され
ている。

●川井 郁子(41歳)は、日本のヴァイオリニスト・作曲家・大阪芸術大学芸術学部教授。
オフィス・トゥー・ワン所属。香川県高松市牟礼町生まれ、高松市育ち。
東京芸術大学卒業。同大学院修了。2001年より大阪芸術大学芸術学部音楽学科助教授。
2005年より教授。ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク・シン
フォニックアンサンブル、サレー・アンタル・ジプシー楽団、ブルガリアン・シンフォニー・
オーケストラ、読売日本交響楽団、NHK交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団など、
国内外のオーケストラと多数共演・レコーディングを行う。1児の母。

●平原 綾香(25歳 )は、日本の東京都出身のシンガーソングライター、サックス奏者。
愛称は「あーや」。父・平原まことは現役マルチサックス奏者。祖父・平原勉はトランペット
奏者。姉・aika(平原愛花)も歌手・サックス奏者。
6歳の時からバレエを始め、松山バレエ団に11年間所属し、ステージでクラシックバレエを
踊った経験もある。 好きなスポーツは水泳で、特にバタフライが得意。

●Rina(本名:西部里菜・・・35歳)芦屋雁之助の娘。当初は俳優であったが、歌の才能を
見込まれて歌手に。

●Love(本名:中谷美由紀・・・26歳)ポップスからジャズまで幅広く活動。

●SEASONSは女性5名ユニット。リーダー・林こずえ(ヴァイオリン)を中心とした女性だけの
グループ。ライブでは、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、キーボードなどを加え
構成される、ヴァリエーション豊かな華麗なストリングス・ユニット。
SEASONS結成のきっかけとなった世界的チェリスト、M・マイスキーとの出会い。
グループ結成は、林こずえが2003年、日本、韓国、中国の超党派国会議員や経済人、
文化人、学者等で構成される「東北アジア環境・文化連合」が主催した「黄砂拡散防止
チャリティ・コンサート」で小室哲哉氏が作曲した黄砂拡散防止キャンペーンソング
に出演したのがきっかけであった。


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 エセル中田の「サヨナラは云わないで」がなかなか泣かせる。
世界のサヨナラの言葉が入っている。そして最後には「アロハオエ」
で締めているのがまたいい。
何回聞いても飽きないから不思議である。
今回は映像はないが音だけはYou Tnbeでアップロードしてみた。

            サヨナラは云わないで
 作詞・作曲:M.TURNER.KDARBY/訳詞:エセル中田/編曲:バッキー白片

 Good bye Good by 世界中で聞かれる言葉よ
 KE ARA TA TOUA と ポリネシアで
 FABE WELL いつの日にか
 夢の匂いからサヨナラ 別れはつらいもの
 あの AU REVOIR とパリでは
 ローマでは ARBIVEDERCI とささやいて
 常夏のハワイからは ALOHAOE サヨナラは云わないで
 霧のロンドンで聞く CHEERIO
 スペインは ASTAMANANA
 ADIOS はメキシコ
 心をこめて唄う AUF WIDERSEN
 サヨナラは云わないで
 ALOHAOE いつの日も
 サヨナラは云わないで

 ALHAOE ALOHAOE
 E KEONAONA NOHOIKE LIPO
 ONE FOUD EMBRANCE A HOI AE
 AU UNTIL WE MEET AGAIN
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 久しぶりの秋晴れのサンデーになった。
善光寺かいわいでイベントをやっていると言うので出向く。
中央通りはホコ天で既ににぎわいを見せていた。
先ずながの東急百貨店での「ラーメンファンタジア」で昼食。
全国のおいしいラーメンが集結、その中で好みのものを選ぶ。
長い行列の中何んとか済ませる。味はまあまあであった。
トイーゴをはじめ各ブースでは大道芸やらライブやら飽きさせない。
踊りやお神輿、屋台など十分堪能した。
最後に我々バンド結成の最初の出会いが駅前の喫茶店「ライム」だ。
実になつかしい。もう7年もたってしまった。










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 ハワイアンを歌わせたらこの人と言われるほど声量があり、感情も
豊かである。近衛里帆とは・・・

 学生時代よりプロの女性ボーカル・グループ“トパーズ”にて活躍。
ハワイアンからポップス、ポピュラー・ミュージックまで、幅広いジャンルの
歌を歌いこなし喝采を浴びる。現在は白石信とナレオ・ハワイアンズと共に
数多くのステージ、CDでその歌声を披露している。一方、ココミュージック
スタジオのプロデューサーとして、アーティストのプロデュースや、育成・発掘、
また、ハワイアン・コンサート/イベントや、ファッション・ショーの企画・構成・
演出など、これまでにも数多く手掛けている。
これからの活躍も楽しみである。

   ディスコグラフィ

□96年 TAPA ROOM with 浅井愼平「花のビギン」
     ココミュージック(TGCS-279)
□99年 近衛里帆・白石 信・鴻池薫 「アロハスマイル」
     ココミュージック(TGCS-706)
□01年 近衛里帆とトパーズ 「カイマナビーチ/ミスターホノルル」
     ココミュージック(TGCS-706)
□03年 白石 信とナレオ・ハワイアンズ with 浅井愼平/近衛里帆
     「ハワイアン・ブリーズ」
     ココミュージックスタジオ(TGCS-1795~96)
□06年 V.A.「おたまじゃくしと権兵衛さんのすべて」
     キングレコード(KICS-3238)
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 8月30日(日)午後5時から「鎌倉音楽祭鶴舞2009」が開催された。
今年で4回目になると言う。あいにくの雨に加え選挙日とかさなり
見通しがたたない中約3.000人のお客様で埋まった。

この鶴岡八幡宮は源義経が兄頼朝に破れ妻の静午前を奪われる。
鎌倉につれていかれ、頼朝は静午前にここで奉納舞を命ずる。
見事に踊ったもののその時義経の子をもごもっており、頼朝は女の子
であれば許すが男の子であれば殺すと通告される。しかし生まれたのは
男の子であったため、鎌倉の浜辺に生めれられてしまう。
その後静御前は都を追放されるがその後の消息はわかっていない。

出演者は次の通りである。
・より子
花(喜納昌吉&チャンプルーズ)
ほんとはね
・川江美奈子
桜色舞うころ
いつも通り
・川江美奈子&平原綾香
孤独の向こう
・平原綾香
新世界
ミオ・アモーレ
・平原綾香&中孝介
糸(中島みゆき)
・中孝介

空が空
・渡辺美里&中孝介
愛燦燦(美空ひばり)
・渡辺美里
10 Years
始まりの詩、あなたへ
My Revolution
・渡辺美里&葉加瀬太郎
蘇州夜曲(李香蘭)
・葉加瀬太郎&中孝介
エピトリカ
・葉加瀬太郎&平原綾香
Jupiter
・葉加瀬太郎
情熱大陸
・全員
風をあつめて(はっぴいえんど)

音楽監督・キーボード:武部聡志
ギター:鳥山雄司
ギター:遠山哲朗
ベース:竹下欣伸
パーカッション:浜口茂外也







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 日野てる子が昨年9月9日に亡くなり早一年が過ぎようとしている。
今も遥かハワイ方面から哀愁の歌声が聞こえてきそうな気がする。
彼女はハワイアンだけでなく、歌謡曲も数多く歌っている。
その中で「ミモザの港」「サビタの湖」が心に残っているのが不思議だ。
いつもCDで聞いています。
ミモザとは南仏のシンボル的ツリーである。毎年秋には「ミモザ祭り」が開催
され多くの観光客が来る。
ミモザの華やかな黄色い花、寒くて暗い冬を忘れさせてくれると言う。
ミモザのシーズンは年によって異なる。
大体1月中旬から2月後半までが一番の見頃、大きな木にたくさんの黄色い花
が咲く様子は圧巻で、そんな情景を歌っている。
「サビタ」という呼び方は、「ノリウツギの別名」とか「北海道での呼称」とか、
全国的な呼称ではないようだ。しかし、北海道の人には「サビタ」が一般的であり、
逆に「ノリウツギ」と知っている人の方が少ないようである。
一説にはアイヌ語が語源との説もある。
このように、「サビタ」とは、美しく、うら淋しい風情であって、ノリウツギではこのような
情感は感じられない。
さらに、「さびた」が「サビタ」とカタカナ化するにあたっては、「サビタ」の語感にある
「美しくうら淋しい」雰囲気とアイヌ語にも擬せられた異境の香りがあったのでは。
いずれにしてもこの2曲、ボクにとっては忘れられないものとなっている。
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