












宮川 泰(みやがわ ひろし、1931年- 2006年)は、日本の作曲家・
編曲家。和製ポップスの開拓者の一人であり、1960年代のスター、
ザ・ピーナッツの育ての親として数々のヒット曲を輩出し、他歌手にも楽曲
を提供するなど、日本ポップス界に大きな足跡を残した。
学生時代はハワイアンバンドを結成していた。
目立ちたがり屋で笑いが大好きな性格から、自らも積極的にTV番組に出演。
ピアノを伴奏しながらも、タレントに負けず劣らずの積極性で笑いをとって
いた。「シャボン玉ホリデー」の音楽担当時、ハナ肇からクレージーキャッツ
に誘われ、本人もその気になったが、渡辺プロダクション社長の渡辺晋と妻の
美佐に反対されて挫折したエピソードを持つ。1972年の「第23回NHK紅白
歌合戦」では教え子のザ・ピーナッツとの共演で派手なパフォーマンスの指揮
で出場したが、一部の歌手からは「自分より目立ちすぎ」と言われたこともある。
1993年から2005年まで蛍の光を指揮した際もその派手なスタイルは変わ
らなかった。また本人も自覚していたが、歌を唄うのは得意ではなかった。
「マツケンサンバII」で有名になった作曲家・編曲家の宮川彬良(本名:晶)
は長男である。孫の安利は高校生ながらミュージシャンの道を歩んでいる。
2006年虚血性心不全のため東京都世田谷区の自宅にて急逝した。
享年75歳。
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