










キューバの伝説的歌手と言えばベニー・モレを思い浮かべる。
映画「エル・ベニー」で描かれる歌手ベニーを“バルバロ・デ・リッモ(途方もないリズムの奴)”
と呼んでいたことでも知られる。
「キューバのリズムを表現できる最高の歌手」という意味だからだ。
実際ベニー・モレは、キューバ音楽界の伝説―キューバが生んだ偉大な歌手の一人である。
音楽の島キューバでは、様々なリズムや形式があることを知らなければならない。音楽的な特徴が
違えば、それを表現するにふさわしい歌手も異なる。つまり、それぞれに特別の声や資質、的確な
表現力をもった歌い手が求められるのだ。
ところがベニー・モレの場合、ボレロだろうが、明るい歌だろうが、何を歌わせても素晴らしかった。
そのうえ作曲もすれば、バンドの編成まで見事にやってのけた。
(しかし実際には譜面は読めなかったと言われ、つまり天生の音感の良さがあった)
また、歌いながら踊るようにしてオーケストラを指揮するのもベニーだけの特徴だった。
事の発端は、あるとき大勢の客が踊っている最中、オーケストラのリズムが狂ったことにあるらしい。
この断じて許されない失態を経験したベニーは、自らオーケストラを指揮すること、指揮は自らの
身体の動きを通して楽団員に伝えることにしたという噂だ。
歌いながら、ボディ・アクションで楽団員にリズムと指揮を伝える彼のステージは、他の誰にも真似
できないほど特異な精彩を放っていた。音楽の勉強などしたことがなかったというのに!
音域が広くすばらしい歌声、豊かな表現力、あらゆるリズムの制覇、派手なパフォーマンス。
それらが合わさって、ベニーの名声はどんどん高まっていった。
そのうえに彼の奔放でボヘミアン的な人生、とっぴな装い、アルコール中毒が加わり、エル・ベニー
という神話が作られた。
ベニーは、わずか43歳の若さで、アルコール中毒(ラム酒が好きだった)が原因で死亡した。
その葬儀は国賓なみと言っても過言ではない。
貧しい田舎の少年だったベニー。だがキューバ音楽界の大スターとなり、揺るぎない伝説を築いた。
ベニーはキューバ人の記憶の中で永遠に生き続けるだろう。
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