













船村 徹(1932年生れの82歳)は、日本の作曲家。日本音楽著作権協会名誉会長、日本作曲家協会
最高顧問。横綱審議委員会委員、保守系国民団体「日本会議」会員等も務めている。本名は福田博郎
(ふくだ ひろお)。歌謡曲作曲家の大御所として知られ、手掛けた曲は5000曲以上にのぼる。
栃木県出身。父親は獣医だった。東京音楽大学ピアノ科卒。
大学在学時はまだ駐留米軍が数多くいた時代であり、船村は米軍キャンプ専門のバンドでそのリーダー
をつとめたこともあったという。大学在学時に、作詞家の高野公男と組み作曲の活動を開始した
(高野は1956年に肺結核のため、26歳の若さで死去)。ただ、高野とともに、生活は困窮を極め、
バンド・リーダーのほか、流しの歌手なども経験する。
1953年、雑誌「平凡」コンクール曲第一席「たそがれのあの人」がレコード化され、作曲家としてデビュー。
スポンサーサイト