沢村 栄治(1917年 - 1944年)は、三重県出身のプロ野球選手(投手)。
1917年三重県宇治山田市に生まれる。京都商業学校の投手として1933年春、
1934年春・夏の高校野球全国大会に出場。1試合23奪三振を記録するなど、
才能の片鱗を見せた。
その後全日本チームを基礎としたプロ野球チーム「大日本東京野球倶楽部」
(後・東京巨人軍、現・読売ジャイアンツ)の結成に参加した。学校を中退してプロ入りした。
現役引退後、1944年に3度目の徴兵となる。同年陸軍伍長として乗船していた輸送船が
フィリピンに向かう途中、屋久島沖西方の東シナ海でアメリカ合衆国潜水艦シーデビルに
より撃沈され、屋久島沖西方 にて戦死。2階級特進で兵長となる。27歳没。
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