Royal Hawaii

ALOHA! ハワイアンバンドでスチールギターをやっています。 ハワイアンファンの皆様、全員集合。



  水の江 瀧子(1915年 - 2009年)は、日本の女優、映画プロデューサー、タレント。
1928年に東京松竹歌劇団に第1期生として入団。日本の女性歌劇史上初めて男性様に
断髪した男役で「男装の麗人」の異名を取り、「ターキー」の愛称と共に1930~40年代に
かけて国民的人気を博した。1942年の松竹退団後は劇団主宰、映画女優などを経て
1955年に日活とプロデューサー契約。日本初の女性映画プロデューサーとなり、石原
裕次郎を筆頭に、浅丘ルリ子、長門裕之、岡田真澄、和泉雅子、赤木圭一郎ら数々の
俳優や、中平康、蔵原惟繕といった監督を発掘・育成し、『太陽の季節』、『狂った果実』
など70本以上の映画を企画[注 1]、日活の黄金時代を支えた。また、『NHK紅白歌合戦』の
司会を2度務めたほか、『ジェスチャー』、『独占!女の60分』といった番組に携わった。
出生名は三浦ウメ子であったが、ロス疑惑の後、法的に水の江瀧子を本名とした。
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  萱 和磨(かや かずま)、1996年生まれの21歳)は、日本の体操競技選手。
千葉県船橋市出身。 小2の時に体操を始める。 市立習志野高校では3年次に
全国高校体操選抜大会個人総合で優勝を果たすなど同学年の白井健三等と
競い合った。順天堂大学進学後、2015年の体操世界選手権では個人あん馬で
銅メダルを獲得し、団体での金メダル獲得にも貢献した。


  寺島 進(1963年生まれの54歳)は、日本の俳優。本名同じ。東京都江東区出身。
映画のデビュー作は、松田優作監督の『ア・ホーマンス』。優作は芸能界に入って
初めて褒めてくれた人だと語っている。2008年9月7日に放映された『情熱大陸』の
撮影中に、優作の二男・松田翔太を電話で飲みに誘い「親指みたいに小さい頃から
知っている。もうかわいくてかわいくて仕方ないんだよ」と翔太との間柄を紹介。
現在も優作との絆を大切にしていることがうかがえる。
また、映画デビューの同年には『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』に攻撃軍の一員
として出場している。
北野作品などの映画で知名度を上げる。『小さき勇者たち〜ガメラ〜』で寺島を起用
した田﨑竜太監督は、パイロット監督を務めた『仮面ライダー電王』で主人公、
モモタロスのキャラクターを決める際、寺島のキャラクターを参考にしたと同作のムック
本でのインタビューに答えている
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  髙橋 真梨子(1949年生まれの68歳)は、日本の歌手、作詞家。本名、広瀬 まり子。
広島県廿日市市出身、福岡県福岡市育ち。駒沢学園女子高等学校卒業。夫はミュー
ジシャンのヘンリー広瀬。
1972年に「ペドロ&カプリシャス」のペドロ梅村にスカウトされる。同年に「別れの朝」が
大ヒットしながらも突如離脱した先代・前野曜子に次ぐ、二代目ボーカルとして参加。
翌1973年には「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などがロングヒット。翌1974年末の
「第25回NHK紅白歌合戦」では「ジョニィへの伝言」で初出場を果たした。
その後ソロ歌手としてデビュー。1978年に「ペドロ&カプリシャス」を脱退、「髙橋真梨子」と
してソロ歌手として活動を始める。同年11月、「あなたの空を翔びたい」でデビュー。


  山下 敬二郎(本名:山下 啓次郎、1939年 - 2011年)は、東京都出身のロカビリー歌手。
父は落語家・喜劇俳優の柳家金語楼、異母兄は作家・演出家の山下武、実妹は女優・
声優の有崎由見子。祖父は三遊亭金勝。叔父は先代昔々亭桃太郎。
ウイリー沖山の弟子を経て、初期ドリフターズ(サンズ・オブ・ドリフターズ)でメインボーカル
を務める。
創立間もない渡辺プロダクションの専属になり、1958年2月に開かれた第1回日劇ウエスタン
カーニバルで大々的に売り出される。
持ち歌はポール・アンカの「ダイアナ」の日本語カヴァーで、平尾昌晃、ミッキー・カーチスと
共に「ロカビリー三人男」と呼ばれ、一世を風靡した。
5度の結婚歴があり、5人目の妻の山下直子(1991年、26歳の年齢差で結婚)とのステージを
中心に、セルフ・プロデュースでカントリー・ウエスタンのCDを発表するなど、ベテランの域に
達しても音楽活動を展開していた。
2008年には第50回日本レコード大賞功労賞を受賞。
2009年「ボクらの時代」に平尾昌晃、ミッキー・カーチスと出演。
2010年11月末から胆管がんで入院していたが、2011年1月5日に胆管がんによる腎不全の
ため東京都町田市の病院で死去した。71歳没。


  淡谷 のり子(1907年- 1999年)は、青森県青森市出身の女性歌手。
本名:淡谷 のり。日本のシャンソン界の先駆者であり、ブルースと名の付く歌謡曲を
何曲も出した由縁から「ブルースの女王」と呼ばれた。叔父は元社会党の代議士・淡谷悠蔵。
1931年コロムビアへ移籍。古賀メロディーの「私此頃憂鬱よ」がヒット。
淡谷はコロムビアでは映画主題歌を中心に外国のポピュラーソングを吹込む。
1935年の「ドンニャ・マリキータ」はシャンソンとしてヒットし、日本のシャンソン歌手の第1号となる。
日中戦争が勃発した1937年に「別れのブルース」が大ヒット、スターダムへ登りつめる。
ブルースの情感を出すために吹込み前の晩酒・タバコを呷り、ソプラノの音域をアルトに下げて歌う。
その当時に淡谷のピアニストを務めていた和田肇と1938年に結婚するが、翌年離婚。
その後は生涯独身であった。


木下大サーカスは、岡山県岡山市に本部を持つサーカス団である。
運営は木下サーカス株式会社が行っている。
1877年に興行師である木下藤十郎が岡山市西中島に「旭座」を開設したことが起源となる。
その後、藤十郎に見込まれた矢野唯助が木下家に婿養子入りし、1902年に大連で曲馬団
を創業、これが木下大サーカスの原点となる。しかし、その後の日露戦争の勃発に伴い
帰国を余儀なくされ、拠点を岡山に移すこととなる。
ショーの内容としては、動物による曲芸、空中ブランコ、オートバイなどを取り入れたものと
なっている。また後述のように、日本古来の伝統芸を復古する取り組みも行っている。
日本国内において移動公演を行っているが、海外とのコネクションも大きく、数度に渡る
海外公演も行っている。
現在はサーカスの興業の他にも、キノシタグループとしてマンション経営や駐車場の所有、
後述する野生動物の保護や環境保護活動等も行っている。
年間観客動員数約120万人。団員は2014年時点で11ヶ国の約60人からなり、スタッフを合
わせた全社員数は同年時点で106人となっている。




  土井 善晴(1957年生まれの60歳)は、日本の料理研究家、フードプロデューサー。
早稲田大学文化構想学部非常勤講師・早稲田大学感性領域総合研究所招聘研究員・
立命館大学客員研究員。元芦屋女子短期大学講師。大阪府出身。
家庭料理の第一人者であった土井勝の次男として生まれる。芦屋大学教育学部産業
教育学科卒業。スイス・フランスでフランス料理を、大阪の「味吉兆」で日本料理を修業。
1992年に「土井善晴おいしいもの研究所」を設立している。特技はフランス語。
父親譲りの丁寧で上品な話し方・独特の柔らかい関西イントネーションで『きょうの料理』
での人気講師として活躍。
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  AI(あい、1981年生まれの36歳)は、日本の歌手、ソングライター。本名:植村 愛 Carina。
アメリカ合衆国生まれ、鹿児島県育ち。
LAで10代後半を過ごし、本場のゴスペル音楽に触れたことによりソウルフルな歌を歌う。
中低音のハスキーな声が特徴である。音楽仲間であるベーシストJINOこと日野賢二とは
この頃からの知り合いである。
和田アキ子から歌唱力を認められ、「NHK紅白歌合戦」のインタビューでは「私の子分」と
紹介された。